経済で過去に例のない成績を残した安倍首相=高橋洋一
安倍晋三首相の在任期間中の功罪を問われれば、経済では過去にないほど良い成績を残したと答える。政権ができるマクロ経済対策は極論を言えば雇用の確保しかない。
それができれば及第点だ。安倍政権は失業率を引き下げ、就業者数を増やした(就業者数は2012年の6280万人から19年には6724万人に増加。完全失業率は12年の4.3%から19年には2.4%に低下)。
失業率統計は1953年から始まった。それ以来、29政権で失業率を下げ、就業者数を増やしたのは10政権しかない。その中で安倍首相は失業率は1番下げて、就業者数は佐藤栄作政権に次いで2番目に増やした。これは断トツの実績、他の誰も実現できてない。経済政策で彼の右に出る人はいない。
「金融政策は雇用政策」と理解した唯一の首相
安倍首相は、「金融政策は雇用政策である」ということを初めて理解した首相である。金融政策は金利の変動を伴うため、金利が低くなれば将来の投資を誘発する。モノなら設備投資、人では雇用になる。安倍首相はこの点を完璧に理解しているから、国会では誰も安倍首相にまともに質問ができていなかった。
米国の金融政策を担う中央銀行、連邦準備制度理事会(FRB)に委任された権限とは、実は物価の安定と雇用の安定だ。経済学においてアルバン・ウィリアム・ フィリップスが1958年の論文で発表したフィリップス・カーブでは、物価の安定と雇用の安定は裏腹の関係になっている。日本のマスコミを含めてこれを理解できている人は少ないが、安倍首相はそこをわかっていた。
米国でどうして金融政策が物価の安定だけでなく雇用の安定と一緒なっているか、日本人には理解できない。米国では雇用の話はFRBに聞くが、日本だと厚生労働省。安倍首相はその違いを完璧に理解していた。
金融政策は財政政策が一定であれば雇用を作れる。そこを正確に理解した初めての総理だった。だからこそ異次元緩和でこれほどいいパフォーマンスを成し遂げた。彼ほど金融政策を理解している人はいないから誰も追随できない。
コロナ禍でも財政を出せるインフレ目標の魔力
次の首相は大変という見方があるが、安倍首相をまねて金融政策を行うことができる。後任者は大きな失敗をしない。
2013年1月22日、日銀は金融政策決定会合でインフレ目標2%を決め、安倍首相が主体的にこの政策に関わった。これにより金融政策が雇用政策としてシステマティックに行われることになった。インフレ目標の導入は安倍首相の功績だが、雇用を作るとともに、財政政策と金融政策の一体化を進めることができるようになった。インフレ目標達成までは財政問題が発生しないことを安倍首相は理解している。
インフレ目標の達成まで日銀で紙幣を印刷して財源を作っても全く問題ない、ということを安倍首相は理解していた。
今回のコロナ対策の2回の補正予算も財政問題は気にせず決断していた。それは簡単で、デフレ気味になることが予想できたから、国債をインフレ目標の範囲で発行しても財政悪化にはつながらないということを理解していた。
インフレ目標を入れたことで雇用の安定、将来の財政負担の全部を抑え込めた。この功績は大きい。コロナ禍の時にどんどん財政を投入できるのだから。インフレ目標が導入されていなかったら「コロナ対策で財政が危なくなった」と騒がれるが実際には危なくなってない。
インフレ目標を入れてるから、財政の懸念、財政再建の必要性は全くない。そういう意味でインフレ目標を入れたことで一石二鳥を達成した。これはすごいことだ。
財政再建にかじを切るのが最大のリスク
次の首相は、マクロ経済の懸念はあまりない。あるとすれば国の借金の残高が急激に増えて「財政再建」と今の段階で言い出すことだ。それは間違った政策判断だが、石破氏、岸田氏だったらあり得る。
インフレ目標があるときには、その目標を下回っている限り、財政再建は全く考えなくてよい。菅さんは安倍首相のそばにいたからある程度理解していると思う。理屈はわからないにしても、安倍首相と同じようなことをやる。財務省は理解していない。
岸田氏、石破氏も理解してないため、財政再建にかじを切る可能性はある。リスクがあるとすれば、間違って財政再建に舵を切る可能性だ。
(高橋洋一・嘉悦大学教授)
◇たかはし・よういち
1955年東京都生まれ。東京大学理学部数学科、同大経済学部経済学科卒業。80年大蔵省入省。内閣府参事(経済財政諮問会議特命室)、総務大臣補佐官、内閣参事官(総理補佐官補)などを経て、2008年退官。10年4月から現職。著書に『さらば財務省!』など。