国際・政治「安倍から菅へ」

すでに長期政権化の予想も? 新総裁となった菅氏の「スガノミクス」に透けて見える「竹中プラン」と「ポピュリズム」

「次の首相は誰か。アベノミクスは継続するのか。リスクシナリオは何か」(「安倍から菅へ」)

 安倍晋三首相の電撃辞任表明から一夜明けた8月29日。土曜日にもかかわらず、金融機関のリサーチ部門スタッフは内外の投資家からの問い合わせ対応に追われた。

 首相の辞任表明が伝わった8月28日午後、日経平均株価は前日終値から一時600円急落。最後は326円安の2万2882円で取引を終えた。

 ドル・円も前日の1ドル=106円台半ばから105円台前半へと1円以上、ドル安・円高に動いた。市場では「次期政権は、金融緩和・積極財政を掲げるアベノミクスを転換するのでは」との懸念からリスクオフ(回避)の動きが強まった。

 しかし、それは一瞬だった。日曜日だった8月30日、菅義偉(よしひで)官房長官の出馬観測が急浮上。市場が再開した31日には、主流派閥の間で菅氏支持が急速に広まり、日経平均は2万3139円と、安倍首相の辞任表明前日の水準に戻した。円高の勢いもなくなった。

 第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストは「菅政権でアベノミクスは踏襲されるという安心感が市場に広まった」と分析する。ただし、通信セクター株は例外だった。「携帯料金の値下げを強く主張する菅氏の総裁・首相就任をマーケットは織り込みに行っている」(永浜氏)。

「忖度」は強まる

「陰の総理」「市議からのたたき上げ」──。さまざまな異名を持つ菅氏だが、ここでは「人事」と「ポピュリスト(大衆迎合主義者)」の二つについて見ていく。

「人事によって、大臣の考えや目指す方針が組織の内外にメッセージとして伝わる」。菅氏は常々、こう話しているという。

 安倍1強が続いたのは、霞が関官僚の人事権を官邸が掌握したからだ。それは、縦割り意識や省益保護の排除には役立つが、「忖度(そんたく)」の温床になる。元々、人事によって官僚を動かすことに長(た)けていた菅氏は2014年5月、自身が主導した内閣人事局の創設により、その権力を揺るぎないものとした。

「権力の維持、拡大のために官僚の人事権を150%行使してきた『安倍・菅政権』から、その総元締のような菅さんによる『菅・菅政権』になるのだから、その傾向はますます強まる」と、安倍政権で文部科学次官を務めた前川喜平氏は強く懸念する。

「菅さんは人事においてアメとムチの使い方が上手な人だ。また、あらゆる情報を把握している。したがって、官邸の顔色をうかがう忖度はより強まる可能性が高い」

 かつて副大臣、大臣を務めた総務省の幹部人事では、現在でも菅氏の意向が反映される。総務省の放送担当の課長や国交省の運輸畑の局長が、菅氏の意向で更迭されたともささやかれる。菅氏が強い関心を示すNHK改革や観光行政で「対応が悪い」と評価されたのが原因とみられる。

 その出発点は、05~06年の副総務相当時にあった。当時総務相だった竹中平蔵氏は「菅さんには、いろいろな形で助けてもらった」と振り返る。菅氏は竹中氏をそれ以前から注目していた。

 02年、竹中金融相が見せた大手行の不良債権の抜本処理である。それは、01年に発足した小泉純一郎政権の大きな課題だった。柳沢伯夫氏を金融相に起用したが、一向に進まない。小泉首相は02年9月、柳沢氏を更迭して、竹中氏を金融相に抜擢。同氏は翌10月に「金融再生プログラム(竹中プラン)」を作成し、3年で処理にメドをつけた。

「竹中プラン」は、菅氏が師と仰ぐ梶山静六元官房長官が温めていた計画をほうふつとさせた。98年、橋本龍太郎首相の退陣後、党総裁選挙に梶山氏は派閥を離脱して、小渕恵三氏と争い苦杯をなめた。00年6月、無念のうちに亡くなった梶山氏。「もし、梶山首相の下で、自分が不良債権処理の任に当たっていたら……」。菅氏は、竹中氏が手際よく不良債権を処理していく姿に、そんな思いを重ねたに違いない。

 同時に、大きな改革には強いリーダーとその意向に従って官僚をコントロールできる力量が不可欠だと、菅氏は痛感したはずだ。まさに第2次安倍政権における菅氏の人事力に通じるものだ。だが、それは、公文書改ざんという前代未聞の不祥事の温床にもなった。

携帯電話料金体系も変わったが… (Bloomberg)
携帯電話料金体系も変わったが… (Bloomberg)

臨時国会冒頭解散

 菅氏は『読売新聞』の読者から寄せられた相談に答える「人生案内」を愛読。市井の声、不満を聞き、その解消に政治力を発揮する。自身もビジネス誌『プレジデント』で人生相談の回答役を務める。

 そんな菅氏のもう一つの顔が「冷徹なポピュリスト」だ。携帯電話料金の値下げやふるさと納税は、その典型だろう。大衆の不満を吸い上げ、メリットを享受できるように仕向ける。

 このうち携帯電話料金については、菅氏が18年8月、官房長官として「4割程度下げる余地がある」と発言。総務省で関連法を成立させた。携帯電話市場は実質的に3社独占状態で、しかも端末と通信料金が一体化しており、消費者に不透明なサービス体系だった。ここに菅氏はメスを入れた。

 その結果、端末代金と通信料金の分離を義務化し、料金の引き下げにつながった。一方で、通信会社の収益を直撃した。携帯料金の値下げという国民の誰もが喜びそうな話題を取り上げ、巨額の利益を上げる独占通信会社を悪役に仕立て、官僚を使い政治力で突破していく。菅スタイルそのものだ。

 菅氏が取り組むべき課題は、短期的にはコロナ対策だ。安倍首相の辞任表明会見時、冬までに1日20万件の検査体制と、ワクチンを21年前半までに全国民に提供できる数量を確保する目標を掲げたが、実現可能性は未知数だ。

 今後の懸念は、企業の人員削減や倒産増に伴う失業率の上昇である。ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次チーフエコノミストは「行政のデジタル化が遅れていることで、迅速な現金給付が妨げられただけでなく、コロナで生活に困った本当に支援が必要な人の把握もできなかった」と指摘する。

 菅氏を、安倍氏の任期だった来年9月までの「つなぎ役」と見る向きもあるが、政権長期化を指摘する声もある。にわかに浮上したのが、9月16日に予定されている臨時国会冒頭の衆院解散・総選挙である。「立憲民主党と国民民主党が合流の準備に追われる中、総選挙に踏み切れば勝てる。菅政権が信任されたことにもなる」。永田町では、菅氏が長期政権をもくろむシナリオも語られ始めた。

(編集部)

(本誌初出 検証・アベノミクス 菅氏は冷徹な市民宰相 人事で官僚と権力を掌握=編集部 20200915)

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