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小説 高橋是清 第107話 ハリマン=板谷敏彦

(前号まで)

 門戸開放の姿勢が滞る日本に対し、投資した諸外国の不満が募る。日露戦争後の株式ブームの中、南満州鉄道の上場株は史上空前の盛況を呈していた。

 明治39(1906)年9月6日、日本が南満州鉄道の新規公開株の話題で盛り上がる中、是清と深井英五は2人にとって最後となる第6回目の資金調達の旅に出発した。横浜発サンフランシスコ経由でニューヨーク、ロンドンを再訪する。

 思い返せば2人は日露開戦間もない1904年2月に欧米に旅立ち、この年は絶望的な状況の中から2回合計2億2000万円の資金調達を成功させた。

 その後一時帰国を経て1905年の3月に3億円、ポーツマス講和会議を控えた7月にも3億円の募債に成功。これで日露戦争に際して額面合計8億2000万円を調達したのだった。

 続いて終戦後にフランスを中心に英米独仏4カ国共同による整理公債を2億5000万円発行した。

 これは新規の借金ではなく戦中に発行した条件が悪く、償還までの期間が短い債券と交換する整理のための債券だった。

 この時帝国政府は5億円の枠を設定していたが、実際の募集は半分だったので、今回はその残り2億5000万円を発行しなければならない。

「後悔することになる」

 9月27日、2人はニューヨークにあるエドワード・ハリマンの事務所を訪ねた。日本は契約直前までいった日米シンジケート、ハリマンによる南満州鉄道への出資を、覚書まで作りながら直後に断っていた経緯があったのでそれは是清にとって気まずい訪問だった。

 重役会があるからと面会を渋るハリマンに、なんとか粘って10分間だけ時間をもらったが、会議中だからと応接室で長時間待たされた。

「随分と待たせますね」

 と深井が言うと、

「なあに、この方が良いのだ」

 日本国を代表する帝国日本政府特派財務委員たる是清にこうした扱いは非礼だが、ハリマンに対する突然のキャンセルを思えば、是清はこうしてくれた方がむしろ気が楽だった。

 しばらくして秘書がやってきてハリマンの部屋に通されると、そこにいたハリマンは是清を立たせたまま、開口一番、「日本政府の南満州鉄道に対する処置は大失策である」と決めつけた。

「もし私に経営を任せていてくれれば、かねてより準備していた米国の最新の鉄道資材を使用して今ごろ満鉄はすでに営業を開始していたはずだ。

 あなた方日本は、今後10年以内に、南満州鉄道の経営を米国人と行わなかったことをきっと後悔することになる」

 ハリマンはここまでまくしたてると、興奮してしまったことに対して気まずそうな表情をしながら是清と深井に席を勧めた。

 是清は口を開いた。

「おっしゃることはごもっともですが、南満州鉄道はロシアの権利を継承したものであって露清条約をベースとしなければなりません。

 そしてそこには満州の鉄道経営は露清の共同経営に限るとの但し書きがありました。ですから日本もこれを継承して日清の共同経営に限るということになったのです。ハリマンさんと共同経営ができないことは誠に遺憾ですが、この事情は是非ご理解ください」

 杓子定規な是清の言い訳にハリマンは静かな怒気を含んで答えた。

「露清条約のことなどよく知っている。しかし日本が南満州鉄道を譲り受けるにあたって、その条件の修正などは北京で交渉していた小村寿太郎全権代表の腹ひとつであったはずだ。私は小村氏が共同経営に反対したことを知っている。日本の日米シンジケートに対する態度が変わったのは小村氏が日本に戻ってからだった」

 こうは言いながらも、ハリマンはきっと前回の訪問で日本を気に入っていたのだろう。またハリマンは計算高いビジネスマンだ。満州においてすでに軍事的に優位に立った日本との関係を完全に断ち切ろうとは考えていなかった。

「私としては清国人と共同経営するよりも日本人と一緒にやりたかった。機会があればまた日本を訪問して有力者と話をしてみるつもりだ」

 これに対して是清は、

「小村外務大臣の件については、外交上の機密のことなので残念ながら私にはよくわかりませんが、ハリマンさんとは今後とも是非おつきあいを願いたいと思います」

 ハリマンはこれに対して「是非よろしく」というわけでもなく曖昧に話したまま、次の会議があるからと是清たちを残してそそくさと部屋を出て行った。

 この年の1月に是清を歓待した派手で大げさなおもてなしの時とは大違いだった。

満州のサンクコスト

 是清は電報で西園寺公望首相、阪谷芳郎大蔵大臣、林董(ただす)外務大臣宛にこの一件を報告した。

 林は駐英国大使だったが、この年の5月から外務大臣を拝命、代わって英国には小村寿太郎元外務大臣が赴任していた。

「ハリマン氏としては国策や政治的な意図はなく、あくまでビジネスとして世界を1周する鉄道網を完成させたいのであって、そのためには南満州鉄道を日本と共同経営することが一番の選択であったのだと思います。

 もし日本とこれ以上の交渉の余地がないのであれば、ハリマン氏は清国政府と協商し、上海を起点としてシベリア鉄道と連結するようなこともあるかもしれません。そうなれば、我が国の神戸港をはじめとして、南満州鉄道や大連湾にとって由々しき競争者となるでしょう。

 ハリマン氏の資本力は強大ですので、これと競争するのは得策ではありません。ハリマン氏は再び来日して交渉するかもしれませんので、この点は是非ご一考願いたい。

 ハリマンを擁護する是清、彼にとって公債発行に際して世話になったヤコブ・シフやその盟友ハリマンに対する恩義もあっただろう。

 だが是清は資金調達を通じて欧米の巨大な資本の力を理解していたこともあった。

 今後の日本の将来を考えるに、いかに欧米の大資本とつきあっていくべきなのか、その大切さを理解していたからこそのハリマンとの破約に対する無念さがこの電報にあらわれていたのだった。

 この後南満州鉄道の株式募集では清国人が排斥され日本人だけに限られていたことが明るみになる。是清の抗弁は結局意味をなさなかった。

 一方でハリマンを米国帝国主義の先鋒(せんぽう)として捉える者たちからみれば、「20億の軍資金と10万人の大和民族が流した血潮によって獲得された満州」。満州といっても実態は鉄道だが、これをハリマンが提案する共同出資の1億円で売り渡すなど言語道断の話だったのだ。

 この22年後、張作霖爆殺事件の主犯と目される関東軍高級参謀であった河本大作は言った。

「日清、日露の役で将兵の血で購(あがな)われた満州が、今や奉天軍閥のもとに一切を蹂躙(じゅうりん)されんとしている」

 日露戦後の日本は自ら大きなサンクコスト(埋没費用)をつくりあげてしまった。

(挿絵・菊池倫之)

(題字・今泉岐葉)

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