アメリカ 歴史学の人種差別批判、例外的ヒット=冷泉彰彦
5月末にミネソタ州で発生した白人警官による黒人男性殺害事件を契機として、「BLM(Black Lives Matter、黒人の生命の尊厳)」をスローガンに掲げた全国規模の運動が拡大した。事件への抗議活動として始まった運動は、やがて警察改革など具体的な改革要求を加えてアメリカ社会全体に幅広い影響を与えた。
そんな中で、人種差別の問題を歴史的な文脈から鋭く批判した作品がベストセラーになっている。著者はイザベル・ウィルカーソン氏。カマラ・ハリス副大統領候補と同じ黒人の名門ハワード大学の出身で、『ニューヨーク・タイムズ』の記者としてピュリツァー賞も受賞している。その著書『カースト 私たちの不満の根源』は、8月4日にランダムハウスから発売されると同時に、アマゾンの「最も売れた本リスト」のノンフィクション部門1位となっている。右派論客ショーン・ハニティの新著『自由か死か』、トランプ大統領のめいによる告発本『世界で最も危険な男』などを抑えて1位を保っており、人気がうかがえる。
ヒットの要因としては、女優オプラ・ウィンフリーが主宰する人気ブッククラブが取り上げたのが大きいが、歴史哲学の書である本書がここまで売れたということには、やはりBLM運動の広がりを感じる。
本書の内容だが、アメリカにおける奴隷制と現在に至る人種差別を、ナチスドイツの行った差別と古代インドのカースト制と同質のものとして、この3者に共通する構造を解き明かしたものだ。著者のウィルカーソン氏は、この3者に共通する差別の構造を「カースト」であると改めて定義し、そこには次の八つの「柱(ピラー)」があると指摘している。それは「神の意志」「遺伝という信仰」「族内婚へのこだわり」「純粋さと言う概念」「職業ヒエラルキー」「人格否定とスティグマ」「恐怖と冷酷による支配」「生まれつきの優劣としてのカースト」の8項目である。
このような分析をベースに、「カースト」が歴史的にどんな過程を経て確立し、悪影響を残していったのか、人々はどのように覚醒していったのかを順序立てて整理している。BLM運動は、カマラ・ハリス氏の副大統領候補指名と、本書の登場により新しい局面に入ったと言っていいだろう。
(冷泉彰彦・在米作家)
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