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小説 高橋是清 第110話 和喜子=板谷敏彦

    (前号まで)

     日露戦争後、是清は第6回公債発行に奔走する。親友ヤコブ・シフ、アラン・シャンドが難色を示す中、是清は英国での公債発行を強行することに決めた。

     少しだけ時間を戻す。明治39(1906)年4月1日。ヤコブ・シフが来日して是清の赤坂の自宅での昼食会に参加した時のことだ。是清もそうだが、シフも大変な子供好きで知られる。

     昼食会でお琴とピアノを披露した是清の長女、15歳の和喜子の興味を引こうとシフは通訳を介してほんの軽い気持ちで尋ねた。

    「いつの日かアメリカへ行きたいですか?」

     和喜子は黙ってうなずいた。

    ホームステイ

     それから約2週間後の4月17日。是清は特別に時間を取ってシフと会談を希望した。

    「貴殿の和喜子に対する米国御招待について、時間をかけて妻とじっくりと話し合いました」

     シフはすぐに是清の誤解に気が付いたので顔の少し前で両掌(りょうて)を広げて話を止めようとしたが、是清はシフの手を優しく下へ落とすと話を続けた。

    「このような機会はめったにないので、是非2年ほどお願いいたします」

     小さくお辞儀をするとシフに握手を求めた。シフは苦笑しながら握り返した。

     シフの妻、テレサは話を聞いて驚いた。

    「あなた、これは無茶です。和喜子は英語も話せないのですよ。私は責任を負えません」

     シフから奥さんが言葉の問題で反対していると聞いた是清は、クリスチャンで英語が話せる周防さんという海軍病院で婦長をしていた女性を見つけてきて彼女に和喜子のお供を頼んだ。

     是清は問題を提起されても決してあきらめる方向で物事を考えないのだ。

     周防さんと英語で面会したテレサは観念した。

     5月18日、シフは和喜子を連れて横浜を発ち米国へと帰国した。和喜子には周防さんと、それにフジとキチという名前の2匹の小さな狆(ちん)(小型犬)、いくつものトランクに詰められたたくさんの着物がお供した。

     シフは帰国してすぐにニュージャージー州の海岸沿いラムソンの街にあった別荘に和喜子を連れて行った。そこにはプレイボーイのフェリークス・ウォーバーグと結婚した派手好きな長女のフリーダ・シフ・ウォーバーグも滞在していた。

    「両親は何とも奇妙な一団を連れてやってきた。小柄な和喜子はデザインが変なタン色のスーツを着て、日本の履物のくせかしら、なんだか足をひきずるようにして歩くの。

     そして和喜子よりさらに小柄な周防さんは膝の上あたりでもみ手をしながら『イエス、ミセス・スキーフ、かしこまりました。ミセス・スキーフ』としか言わないの。何なのよ、スキーフって」

     スキーフはSCHIFF(シフ)をローマ字で読んだのだ。

     ニューヨークのセレブの娘、30歳のフリーダが見た和喜子と周防さんの最初の印象だった。

     フリーダは彼女の長女11歳のキャローラ以下5人の子供を持つが、和喜子は子供たちとすぐに打ち解けた。

     和喜子は子供たちとテニスをするとボールを拾わない。なぜなら日本ではいつもテニスをする時はボールボーイがついていたからだ。

     洋服を脱ぐと服は床に脱ぎっぱなし。テレサのメイドは和喜子に、

    「アメリカでは良家の子女はそういうことをしない。自分の服は自分で片付けるものです」

     と、身振り手振りで伝えなければならなかった。

     和喜子はたくさん着物を持ってきていたが、テレサは外に着ていくことを許さなかった。仕立屋を呼んで普通の米国の金持ちの若い女の子の格好をさせた。セーラー服のようなミディブラウスやプリーツスカートが普段の姿になった。

     和喜子とキャローラは2人で特別な手話を編み出したようですぐにとても仲良くなった。

     夏になり本格的に暑くなる頃には、和喜子は片言の英語を話すようになり、いつも笑顔の、チャーミングな小さなプリンセスになった。

     テレサは周防さんに聞いた。

    「和喜子はホームシックになってない?」

    「ノープロブレムでございます。ミセス・シフ」

     最初の冬はシフの家で個人的な家庭教師をつけたが、テレサは和喜子をしばらく寄宿学校に入れるべきだと考えた。

     当時はユダヤ人も差別を受けていた頃であるから、テレサは人種的偏見に十分に注意をして学校を選ばなければならなかった。

     見つけた学校はニューヨークの北、鉄道で1時間半ほどの場所にあるブライアクリフマナーの女学校だった。

     女学校では東洋のお嬢様和喜子を大歓迎で迎え入れ、和喜子は幸せな1年半をここで過ごした。

     そしてシフの家に戻って、約束の2年が過ぎ、米国での生活が3年になろうかという頃、18歳になった和喜子はシフ家に欠かせない家族になるとともに、すっかり米国の若い女の子になってすてきな男性の話もするようになった。

     それを聞いたテレサは和喜子をもう日本へ返さなければならないと覚悟した。

     送別会はダンスパーティー。テレサは和喜子に社交ダンスのレッスンを受けさせ、準備した。

    「周防さんもレッスンを受けてください」

    「私は結構でございます。ミセス・シフ」

     テレサは和喜子に黄桃色のサテンのドレスをプレゼントした。ドレスには子猫のような尻尾が飾りについていた。

    「着てみなさいよ。和喜子」

     居合わせたフリーダがうながす。

     着替えた和喜子が姿見の鏡の前に立つと、和喜子は鏡に映る自分の姿に見とれて子猫の尻尾をグルグルと回しながら、うれしそうにはちきれんばかりの笑顔でステップを踏んだ。そしていつまでたってもやめやしない。

    「和喜子、何をしているの? おかしいわよ、あなた」

     それを見ていたフリーダの目頭は熱くなり涙がこぼれた。そして伝記にこう残した。

    「この時の和喜子ほどの、花のように美しい娘を私は生涯見ることがなかった」

     すり足で歩いていたあの女の子だった。

    ラブレター

     和喜子が日本に帰った後のシフ家はまるでお通夜のようだった。

    「ママ、これは何?」

     ソファに座っていたフリーダがテレサに小さな封筒のようなものを見せる。

     中身は和喜子がシフ夫妻に書いた短いラブレターだった。

    「どこにあったの?」

    「クッションを動かしたらその下にあったの」

    「変なの。でもうれしいわね」

     それから数日間というもの、時計やランプを動かしたり、何かの裏を見たりすると、和喜子のラブレターがそこかしこに見つかって、シフ夫妻の寂しさを紛らわしてくれることになった。

     和喜子は日本に帰って3年後に大久保利通の末っ子、牧野伸顕の弟である大久保利賢と結婚した。横浜正金銀行勤務の大久保はロンドン、ニューヨークと海外勤務が多く、シフ家との縁は続いた。

    (挿絵・菊池倫之)

    (題字・今泉岐葉)

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