『格差は心を壊す 比較という呪縛』 評者・服部茂幸
著者 リチャード・ウィルキンソン(経済学者、公衆衛生学者)ケイト・ピケット(疫学者) 訳者 川島睦保 東洋経済新報社 2800円
不平等と格差は害悪 先進国むしばむ「社会的評価」
現在、格差問題は世界中で注目を浴びる話題である。この不平等と格差それ自身の害悪を明らかにするのが本書である。同時に貧困とは社会的な身分の一つであり、物質的な貧しさではないと言う。
物質的な豊かさを手に入れた先進国では、社会的評価が重要になっている。特に底辺層が惨めな扱いしか受けない格差社会では、社会的評価の脅威が高まる。その結果、一部の人々は、自信を失い、不安症やうつ病に陥る。他の人々は逆に自己誇示や自己愛を下支えにして、出世の階段を上ろうとする。社会に不信が広がり、社会的資本が破壊される。最も被害を受けるのは、社会の底辺層であるが、害悪は富裕層も含む全ての人々に及ぶ。
「自尊心を持つ」ことは一般的に良いこととされる。しかし、自尊心を踏みにじられた人は、防御的な自己誇示に走りやすい。本書はアメリカでは「自尊心の強い人」は白人男性よりも、黒人男性の方が多いことを指摘する。格差の大きい社会では、自己愛が強い指導者が現れる。また「自尊心」を守るための見せびらかしの消費が広がる。こうして「物質主義」が広がるが、それは自尊心の低下、うつ病、孤独といった社会的な病の結果である。
本書は社会の上流の人間と文化が優れているという考えにも根拠がないと主張する。自己愛と特権意識の強い上流の人間の方が貪欲で、身勝手であり、格差の拡大はその傾向を増幅させる。貧困家庭に育った子どもは、一般的に知的レベルは低くなる。しかし、単に環境が劣悪なだけで、遺伝的に子どもが劣っているわけではない。実際、格差の小さい社会では、教育格差も小さくなると同時に全体の学力水準も高まる。
人間の歴史のほとんどを占める狩猟採集の時代、人間社会は平等主義だった。そして、この平等を守るために、富、権力、地位を独占しようとする人間を殺害することをも辞さなかった。人間には不平等を嫌う本性が存在するのである。けれども、知性を持つ人間は、社会に適応して生きている。格差社会に生まれた人間は適応して、自らの社会的地位を上げるために励むのである。
著者は日本を格差の小さな社会に分類しているようだが、日本も「格差社会」と言われて久しい。自己誇示には熱心だが、責任をとらない首相、公文書を偽造する官僚など格差社会の病理は日本にも広がってきているように見える。
経済学をその基盤から疑う好著と言える。
(服部茂幸・同志社大学教授)
Richard Wilkinson ノッティンガム大学メディカルスクール名誉教授。『平等社会』はベストセラー。
Kate Pickett ヨーク大学健康科学学部教授。ウィルキンソンと共に英国の不平等解決に向け「イクオリティ・トラスト」設立。