教養・歴史書評

『自由貿易はなぜ必要なのか』 評者・土居丈朗

著者 椋寛(学習院大学経済学部教授) 有斐閣 2300円

貿易赤字の根本問題等 二項対立から漏れた本質を提示

 自由貿易というと、抵抗勢力を排してでも推進すべきだとする意見と、外国勢力に席巻されて国の存亡にかかわるとして反対する意見と、二分される傾向がある。

 しかし、本書では、自由貿易を「良いか」「悪いか」、あるいは「好きか」「嫌いか」で判断する時代は終わっている、と断じる。自由貿易にはメリットとデメリットがあることを認識して、それにどう向き合うかを考えるのに、本書は向いている。

 本書にも記されているのだが、自国と外国との間で貿易をすることは、自分と他人との間でコミュニケーションをとったり、交換をしたりすることを想起すると、貿易の長短がよくわかる。

 自分は不得手だが他人が得意とする仕事と、他人は不得手だが自分が得意とする仕事とを、お互い分業すると、ともに仕事の成果がより良く得られる。

 こうした利益は、国際貿易論での比較優位論として、伝統的に論じられてきた。

 今日において、貿易の利益には、比較優位論に基づく利益のみならず、多様な財が貿易されることによる利益、企業間の競争が促されることによる価格低下、生産性が低い企業から高い企業への資源の再配分による産業全体のパフォーマンスの向上などがある。これらが、経済学の研究で次第に明らかにされてきた。

 ただ、貿易は、輸出超過になる国があれば、輸入超過になる国がある。貿易赤字が大きくなる国は、赤字は悪であるとの思い込みから、良くない状態との印象があるが、そうではない。貿易赤字の問題は、貿易によって購買力が低下することこそ問題にすべきである、との本書の指摘は、巷間(こうかん)でもっと浸透していくとよい認識である。

 自由貿易によって、輸入が増加すると、輸入品に駆逐された財を生産していた国内産業で、失業が生じたり、健康状態に深刻な影響を与えたり、国内の所得格差が拡大することで、治安の悪化、教育機会や労働意欲の喪失という現象が生じたりする面がある。

 本書を通じて、こうした自由貿易の本質に目を向けることができる。本書の魅力は、スマートフォンの国際分業や、わが国で一時不足した輸入バター、保護主義の現状、自由貿易協定(FTA)の内実など、今日的に注目される事例についても、興味深く取り上げていることである。本書で取り上げられた事例からも、我々が貿易と密接不可分な関係にあることを実感することができる。

(土居丈朗・慶応義塾大学教授)


 椋寛(むくのき・ひろし) 横浜国立大学経済学部卒。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。東京大学博士(経済学)。著書に『国際経済学をつかむ』『国際経済学のフロンティア』(いずれも共著)など。

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