教養・歴史書評

中国 中国語と日本語、言葉の迷宮を彷徨う=辻康吾

 米中対立が激化し、日中関係も微妙なものとなっている。しかし尖閣問題など緊張が高まりながらも、文化面では中国への日本の影響が強まりつつある。その一つが中国各地での「日本街」の出現である。広東省仏山市では日本名をつけた商店が並ぶ歓楽街や都バスの停留所、日本式の赤い郵便ポストが並ぶ「一番街」が登場、江蘇省蘇州市では日本式飲食街や桜花公園が建設されている(ニュースサイト「Record China」から)。

 ともあれ日中文化交流の歴史の中で注目されてきたのは言語の問題である。日本語と中国語は全く異なる語族に属しながらも、文字だけでなく語彙(ごい)も含め、密接な関係を結んできた。歴史的に見れば日本が漢字を導入した時代と、そこから表音文字であるカナを発明するなどの日本化時代、そして近代化において先行した日本が先進的な欧米文化を漢字で表記し、それを中国が導入して現代中国語に組み入れたという時代を経てきた。その詳細を知りたくて手に取ったのが『近代中日詞彙交流的軌跡』(商務印書館)であった。著者の朱京偉・北京外国語大学教授はすでにこの分野で多数の著書、論文があり、日本でも紹介されている。

 同書は「清末新聞の中での借用日本語」という副題が示すように清末の激動期に活躍した多くの知識人が参加した『時務報』『清議報』『新民叢報』など5紙の記事における日本語語彙の借り入れを詳細に分析している。同書によれば現代中国語に日本語が大量に入ったのはこの時期であり、語彙だけでなくその後の中国語の語彙の構成方法にも影響したことを明らかにしている。興味深いのは、著者はその後書で現代中国語における日本語から借用語の数は、不明だとしていることである。

 日本語からの借り入れがなければ現代中国語は成立しないという極論さえあるが、明治時代の日本の翻訳者が中国の古典を利用した場合(「エコノミー」の訳語「経済」は中国古典の「経国済民」から)もあり、その弁別や定義も難しいようだ。

 最近の例では日本の若者言葉「リア充(生活が充実している)」が「現充」という中国語になって使われている。平和でありさえすればこうした交流や理解を楽しめるのだが。

(辻康吾・元獨協大学教授)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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