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教養・歴史 書評

『リスクの正体 不安の時代を生き抜くために』 評者・新藤宗幸

著者 神里達博(千葉大学教授) 岩波新書 880円

自由と責任の規範が薄い「中途半端」な日本を問う

 新型コロナウイルスがどこまで感染拡大するのか、まったく予測のつかない状況にある。今年の正月にはどこか人ごとのように感じていたコロナ禍だが、いまや誰もがおののいている。それだけではない。首都直下型地震や東南海地震が、遠からず確実に襲ってくるとされている。現下のコロナ禍はもとより、近い将来を見渡せば、私たちはまさに多様な「不安」に駆り立てられている。

 本書は、なぜ、このような「不安の時代」に生きることになってしまったのか、そして私たちの日常に深く入り込んだ「リスク」とは何かを追究したものである。本書のベースは、著者が『朝日新聞』に連載したエッセーである。取り上げられたトピックスは多岐に及ぶが、一貫しているのは「リスクを論じることと、科学技術を論じることは、もはや分離できない」という視点に立った「専門知としての科学技術」のあり方である。

 新型コロナに限らず、疫病との闘いは常にトレードオフ(利益相反)を生む。すべての社会活動を停止すれば、ウイルスは自然消滅するだろう。だがそれは社会システムの窒息でもある。適切な選択肢を見つけるためには、感染制御学の専門知を適切かつ迅速に政策に反映させる仕組みが必要なのだ。加えて、熱があるならば労働者が休めるルールを徹底するとともに、理不尽な要求や同調圧力をなくすことが問われている。

 著者の目は自然災害にも及ぶ。とりわけ近年河川の大規模氾濫が多数生じている。そして、またぞろ大規模な堤防やダムの建設が頭を持ち上げている。著者は「力ずく」での対処を批判し、限られたリソースをいかに活用するか、新たな技術を含めて冷静に考えるべきだとする。

 これらは著者の考察の一部にすぎないが、本書は科学技術論をもとにした日本の精神構造への問題提起の書でもある。

「リスク」は1990年代半ばから使われだした言葉であり概念だが、いまだにカタカナ表記だ。もともとリスクは、「危ない」という意味ではなく、能動的な行動に伴う「好ましくないこと」を意味する。リスクを取るためには自由が前提にされねばならない。そしてリスクを取った行動には責任が生じる。

 だが、日本においては自由と責任の関係は、個の規範として確立されていない。「日本の近代」なるものの「中途半端さ」こそが「リスクの正体」ともいえるようだ。「不安の時代」なるものに鋭く切り込んだ優れたエッセー集である。

(新藤宗幸・千葉大学名誉教授)


 神里達博(かみさと・たつひろ) 1967年生まれ。東京大学工学部卒。三菱化学生命科学研究所、東京大学特任准教授などを経て現職。専門は科学史、科学技術社会論。著書に『食品リスク』『文明探偵の冒険』など。

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