国際・政治

「ゴールドマン・サックスに約3000億円の罰金」マレーシアを舞台に繰り広げられた史上最大の汚職事件「1MDB」の全貌

有罪判決を言い渡されたマレーシアのナジブ元首相(中央) (Bloomberg)
有罪判決を言い渡されたマレーシアのナジブ元首相(中央) (Bloomberg)

米投資銀行大手ゴールドマン・サックス(GS)は10月22日、米司法省との間で、マレーシアの国有投資会社に関わる外国公務員贈賄事件で起訴猶予合意(DPA)を締結し、23億150万8000ドル(約2400億円)の罰金および6億600万ドルの不正利得吐き出し金を払うことで合意した。

合計で29億750万8000ドル(約3000億円)となり、外国公務員に対する贈賄を処罰する米国連邦海外腐敗行為防止法(FCPA)の「罰金」としては史上最高額となる。

GSはこれとは別に今年7月、マレーシア政府との間で刑事訴追を取り下げる代わりに39億ドル(約4070億円)相当を支払うことでも合意しており、相次ぐ巨額の罰金で大きな痛手を負った形だ。

GS側から賄賂を受け取ったナジブ・ラザク元首相(在任2009~18年)も退任後の18年7月、マレーシア検察当局に逮捕・起訴され、今年7月には背任、資金洗浄、権力乱用罪で禁錮12年と罰金2億1000万リンギット (約52億円)の有罪判決が言い渡されている。

今回の事件は、マレーシア国有の投資会社「ワン・マレーシア開発公社」(1MDB)が舞台だ。

ナジブ元首相の肝いりで09年、前身の「トレンガヌ投資公社」を改組する形で設立され、エネルギーや不動産分野のプロジェクトに投資をしていたが、その1MDBが12~13年、GSのマレーシア現地法人「GSマレーシア」と手を組んだことで、M&A(企業の合併・買収)資金として65億ドル以上の資金調達に成功。

合計3回行われた債券発行でGSは5億6700万ドルという巨額の手数料収入を得た。

立役者となったのが、中国系マレーシア人投資家のロー・テク・ジョー氏、通称ジョー・ローなる人物だ。

米司法省資料によると、ジョー氏は09年ごろ、GSマレーシアの幹部だったティム・ライスナー氏とその部下ロジャー・ウンことウン・チョンファ氏と知り合った。

マレーシア政府高官の間に華麗な人脈を誇る富豪ジョー氏に魅了された2人は、ジョー氏をGSの正式な登録顧客として承認するように会社に迫ったが、当時の地域コンプライアンス責任者がジョー氏の資金源に不審を抱き、顧客登録は複数回拒絶されている。

アブダビも「関与」

しかし、ライスナー氏らは、ジョー氏の存在を隠匿して関係を深めていった。

1MDBによるエネルギー会社を買収する「マグノリア・プロジェクト」が持ち上がった12年、ジョー氏はライスナー氏とウン氏を1MDB高官に紹介し、1MDBによる買収資金調達スキームを発案した。

1MDBが発行する債券をGSがまず全額購入し、債券発行にあたってアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ政府系投資ファンド「インターナショナル・ペトロリアム・インベストメント・カンパニー」(IPIC)が保証を供与するという構図である。

さらに、ジョー氏はIPICの保証を得た上で債券を発行するには、アブダビ政府高官およびマレーシア政府最高首脳、すなわちナジブ首相(財務相兼任)に対する贈賄が必要であると説明。

マグノリア・プロジェクトは当初からジョー氏による贈賄工作に依拠していた不正な資金調達スキームだったが、ライスナー氏らはこうした不正を隠したうえで、GS本社の正式な承認を取り付け、GSは5月21日ごろに17億5000万ドルの債券発行を引き受けた。

5月22日ごろには、マグノリア債の代金のうち約5億7694万3490ドルが、1MDB子会社の口座から英領バージン諸島で設立された「AabarインベストメンツPJSリミテッド」の口座に振り込まれたが、この口座は実際にはIPICの関連会社である「AabarインベストメンツPJS」とは無関係の偽装口座で、ここから賄賂資金が関係者にまんべんなく行き渡ることになる。

まず、その3日後には約2億9500万ドル、7月25日には約1億3300万ドルが、その口座からジョー氏らが実質的に支配する会社名義の別口座に転送された。

また、同じ口座からは6月18日、約1億3300万ドルが、英領バージン諸島の別口座に送金されているが、ナジブ首相の近親者が実質的に所有・管理している会社名義の口座だった。

また、前後してIPIC高官が実質的に所有・管理していたペーパーカンパニーの口座に約2億5875万ドルが、1MDB関係者が実質的に所有・管理している口座には合計約160万ドルが送金。

ライスナー氏が実質的に管理する口座にも約5196万ドルが送金され、うち約2440万ドルがウン氏の親族の口座に転送されていた。

「業績」でうやむやに

その後、同様に「マキシマス・プロジェクト」「カタライズ・プロジェクト」でも贈賄工作が展開され、1MDBはこの3回の債券発行を通じて合計65億ドルを調達。

不正に流用された額は27億ドルにのぼり、そのうちナジブ元首相などへの賄賂は合計16億770万ドルに達し一部はハリウッドでの映画制作に流用された。

しかし、1MDBは15年ごろには放漫経営による過剰債務が問題となり、発行する債券がデフォルト(債務不履行)にも陥った。

その過程で不正資金問題も発覚し、マレーシアなど各国当局が捜査していた。

なぜ、このような途方もない不正がまかり通ったのか。

GS内部にもコンプライアンス(法令順守)制度が設けられていたが、大きな業績を挙げたライスナー氏らの「成功」を前に見過ごされた。

怪しげな人物であるジョー氏の関与を懸念する声も社内に上がっていたが、ライスナー氏が「ジョー氏は関与していない」とうその回答をすると、うやむやになることが繰り返された。

優れたコンプライアンス制度があっても、運用次第で大規模不正を許してしまうのだ。

もう一つの要因は、マレーシアおよびアブダビ政府の腐敗だ。

13年9月にGS本社のあるニューヨークでナジブ首相とGS幹部が会談した際、ジョー氏はナジブ首相夫人のために宝石商を呼び、夫人が気に入ったジュエリーの代金約130万ドルを立て替えている。

新興国における政府の腐敗がグローバル金融企業による贈賄事件の温床となったことは疑いようがなく、グローバル経済にとっての大きな課題が浮き彫りになった。

(北島純・社会情報大学院大学特任教授)

(本誌初出 史上最大の「1MDB」汚職事件 ゴールドマンの重すぎる代償=北島純 20201215)

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