資源・エネルギー 原発
「温室効果ガス実質ゼロ」を隠れ蓑に菅政権が原発再稼働にまい進するワケ
菅義偉首相は10月26日、臨時国会の所信表明演説で、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」(カーボンニュートラル)とする方針を示した。
折しも、国のエネルギー政策の方針である「エネルギー基本計画」の見直し作業が始まるタイミングであり、環境問題を“錦の御旗(みはた)”に原発の再稼働などを前に進めたい思惑が透けて見える。
カーボンニュートラル宣言の約2週間前、経済産業省は10月13日に21年度策定予定の「第6次」エネルギー基本計画の議論をスタートさせた。
エネルギー基本計画は3年ごとに見直されており、現在の計画は18年度策定の「第5次」に当たる。
当初は今年8月にも議論が始まるとみられていたが、安倍晋三前首相の退陣もあってスタート時期がずれ込んでいた。
エネルギー基本計画の議論の場は、総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会。
その場で配布された資料には、第5次計画策定以降の状況変化を踏まえた次期計画の論点の一つとして、「気候変動問題への危機感の高まり」が盛り込まれ、「世界的にカーボンニュートラルを目指す動きが高まる中、資源の乏しい日本は、安定供給を確保しながら、どのように脱炭素化を目指すべきか」との問題意識が示されている。
エネ計画の「前提」に
カーボンニュートラルとは、経済活動に伴って排出される温室効果ガスを、CO2を排出しない再生可能エネルギーや電気自動車(EV)の導入拡大や省エネ対策、さらに植林や間伐といった森林吸収源対策なども用いて、実質的にゼロにすることを指す。
欧州連合(EU)が50年、中国も60年にそれぞれカーボンニュートラルを目指すことを表明しているが、日本の現状は厳しい。
環境省の今年4月の発表によれば、18年度の温室効果ガス排出量(確報値)は、CO2換算で12億4000万トン。
14年度から5年連続で減少しているものの、18年度の森林吸収源などによる吸収量は5590万トンにとどまり、カーボンニュートラルの実現は相当に高いハードルだ。
そして、14年度から排出量が減少を続けている要因の一つとして環境省が挙げるのが、11年の東日本大震災後に止まっていた原発の再稼働なのである。
自ら課した相当に高いハードルを乗り越える手段として、政府は原発の再稼働が不可欠だと考えているようだ。
菅首相は10月28日には衆議院本会議の代表質問に答え、「(カーボンニュートラル実現のため)原子力も含めあらゆる選択肢を検討する」と述べている。
また、原発の新増設について問われた11月4日の国会答弁では、「現時点で考えていない」と答えたが、「現時点で」という留保を付けた。
こうした方針を受けて、資源エネルギー庁は11月17日の第2回基本政策分科会で、次期基本計画の議論は50年のカーボンニュートラル達成を前提に検討すること、さらに「(カーボンニュートラルは)再エネと原子力で目指す」(飯田祐二次長)との考えを明らかにした。
原発は長く、日本ではエネルギー安全保障の観点や安定電源としての必要性が強調されてきたが、いまやカーボンニュートラルを実現する手段へと置き換わった。
2050年でも7基のみ
原発の再稼働は遅々として進んでいない。
第5次計画でも踏襲されている第4次計画(15年度策定)の30年の電源構成目標では、原発は「20~22%」とされているが、19年の実績では6%にとどまっている。
30年の目標を達成するには、原発は25基前後稼働していなければならない計算だが、11月24日時点で稼働しているのは九州電力玄海原発3、4号機と川内原発1号機の計3基のみだ。
50年時点ではどうなるのか。
福島第1原発事故を受けて民主党政権下の12年、原子炉等規制法が改正され、原発の運転期間は「40年」とするルールが導入された。
「(原発の新増設は)現時点で考えていない」という菅首相の答弁をそのまま受け止めれば、50年時点で稼働している可能性のある原発は、現在工事中で完成間近の中国電力島根原発3号機と、工事の遅延が続くJパワーの大間原発(核燃料サイクル用)の2基しかない。
40年ルールの導入時、1回に限り20年の運転延長を認める制度も導入されたが、20年の運転延長が認められたとしても、50年時点で稼働している可能性のある原発は限られる。
比較的運転開始が遅かった北海道電力泊原発3号機、東北電力東通原発1号機と女川原発3号機、中部電力浜岡原発5号機、北陸電力志賀原発2号機の計5基しかなく、泊3号機と志賀2号機は活断層問題も抱えて再稼働自体が不透明な状況にある。
いったん定めた40年ルールを撤廃するのは簡単ではない。
産業界は海外で開発中の小型モジュール炉(SMR)という新しい原発に期待を寄せているが、これも未知数だ。
それでも原発を推進するには“錦の御旗”が欠かせない。
そこでクローズアップされたのが、実現へのハードルが極めて高い50年のカーボンニュートラル達成なのではないか。
福島事故から10年
一方、再エネは急激な拡大が続いており、原発に代わる電源として十分に期待可能だ。
18年度末時点の再エネの設備容量は7000万キロワット。これに固定価格買い取り制度(FIT)で認定済みの計画中設備を加えると、1億1000万キロワットに達する。
大型水力を合わせれば、年間発電電力量では2000億キロワット時を超え、30年の電源構成目標を超過している。
再エネ拡大のボトルネックとなっていた送電網(系統)の空き容量対策も進んでおり、22年には「日本版コネクト&マネージ」が導入される予定だ。
原発や火力発電を優先的に系統に接続し、残った容量に再エネを接続するという従来の方法を改め、再エネを主力電源として優先的に接続可能となる。
また、送電線の偏在問題でも、北海道、東北、日本海側などの系統増強を中心とした計画が立てられている。
来年3月で未曽有の被害をもたらした福島第1原発事故から10年を迎える。
資源エネルギー庁の試算によると、原発事故関連の廃炉や賠償、除染などにかかる費用は21兆5000億円にものぼる。
また、使用済み核燃料の処理に7兆~12兆円が必要とされるなど、原発を巡る課題は今なお山積する。
そうした課題も乗り越えられない中で、カーボンニュートラルを“錦の御旗”に原発の活用を推し進めるのは違和感がぬぐえない。
(本橋恵一・Energy Shift編集マネージャー)
(本誌初出 温室効果ガス「実質ゼロ」宣言 “錦の御旗”に透ける原発推進=本橋恵一 20201215)