元国税局芸人に聞く! さんきゅう倉田 「重加算税を取れなければダサい。手ぶらでは調査から帰らない」
国税調査官とはどんな仕事なのか。税務調査では何を考えているのか。東京国税局管内で税務調査を経験した芸人のさんきゅう倉田氏に聞いてみた。
(聞き手=桐山友一/種市房子・編集部)
── 「元国税局芸人」という肩書ですが、調査官としては実際にはどんな仕事を?
倉田 東京国税局管内の税務署に2年1カ月ほど勤め、2年目からは法人税の調査部門で実際に税務調査に当たりました。税務調査とは、納税者の申告書などを確認したうえで、申告漏れがないかどうかを調べること。実際に納税者の元へ赴く「実地調査」に行く時は、事前に納税者について可能な限り調べておき、実地調査の現場でも調査官は感覚を研ぎ澄まして申告漏れがないかどうかのヒントを探ります。
── 実際に実地調査でどうやって申告漏れを見つけるのですか。
倉田 ある産業機械の販売会社に税務調査に入った時のことです。調査は夏だったのに、壁にその年の3月や4月のカレンダーが掛けてある。「なんでこんな古いカレンダーが掛けてあるのだろう」と不思議に思って、よく見ると、3月の20日ごろに機械を仕入れて移動したという書き込みがありました。おそらく、機械の運送日を社員で共有するために書き込んだのでしょう。
SNSも見られている
── ただ、カレンダーの掛けっぱなし自体は、よくあることでは……。
倉田 ポイントは、その取引をきちんと計上したうえで、法人税を申告しているかどうかということ。その会社の決算期は3月だったので、期末に大きな取引がある時は「期ずれ」(売り上げや経費が本来計上されるべき決算期とは異なる決算期に計上されていること)を疑わなければいけません。大きな売り上げが翌期に計上されれば、本来計上するべき決算期の利益が圧縮され、税額も少なくなってしまいますからね。
── そのケースでは実際に期ずれがあったのですか。
倉田 まずは、こちらの意図は告げずに、許可をもらってカレンダーをコピーし、機械の仕入れ先に後日、「反面調査」をして、実際の取引日を確認しました。反面調査とは、申告内容の事実関係を取引先に調査する裏取りのようなものです。反面調査の結果、やはり取引は3月にあったものの、申告上は計上されていませんでした。そこで、申告漏れを指摘し、修正申告をしてもらいました。
── 実際に現場で調査したから、カレンダーと申告内容の齟齬(そご)が分かったのですね。
倉田 古いカレンダーがあったから目が行って、たまたま取引日の記載を見つけたのが端緒です。なぜそんな古いカレンダーが掛けてあったのかは不明です。会社の人たちがずぼらだったのでしょうか(笑)。調査官は実地調査で、仕事に関係するあらゆるものを見ています。僕が現役のころはあまり普及していませんでしたが、最近はツイッターやインスタグラムなどSNS(交流サイト)も見ている可能性が高いですよ。
── SNSを見て何が分かるのですか。
倉田 例えば、コミックマーケットでイラスト集を販売しているイラストレーターがいたとします。申告書からはそれほど売り上げがあるとは思えないのに、コミケ開催直後にツイッターで「イラスト集100冊売れました」などと投稿していると、所得税の過少申告が疑われます。僕は現在の国税当局の実務は知りませんが、芸能人や企業オーナーのSNSは当然、観察されていると推測しますね。
「雑談」からヒント
── さまざまな情報を端緒に調査に着手するんですね。
倉田 実地調査に入る前の調査を「準備調査」と言い、過去の申告書や法定調書(法律で税務署へ提出が義務付けられている書類)など納税者に関する情報は「KSK(国税総合管理)システム」に入っています。そうしたさまざまな情報を基に調査対象者を選定し、納税者や顧問税理士に事前に連絡して実地調査に入ります。帳簿を改ざんされたりする恐れがある場合は、事前連絡なしの「無予告調査」をすることもあります。
── 実地調査にかかる時間はどのぐらいなんですか。
倉田 会社の規模によっても異なりますが、法人であれば1日〜1週間くらいでしょうか。実地調査は調査官2人で行くことが多いですが、税務署と国税局、組織内の部門によっても調査日数や人数は変わります。実地調査ではまず、1時間ほど経営者などと雑談をして、帳簿を閲覧し、事業所の中や自宅などを実際に見せてもらいます。
── 1時間も雑談を?
倉田 雑談では、お金や税金への考え方が分かります。経営者から「なんでうちに税務調査が来たのか」「あそこの事業者の方が怪しい」という発言があれば、納税意識が低い可能性があり、申告漏れのサインとも考えられます。また、社長の趣味や土日の過ごし方を聞くことで、社長の私的な支出が経費にまぎれこんでいないかもうかがえます。
── 税務調査は拒否することはできるのですか。
倉田 税務調査は国税局査察部(通称「マルサ」)が令状を取って実施する強制調査と異なり、納税者の同意が必要な任意調査です。そのため、業務の繁忙期に当たったりする場合、調査日をずらしてもらうこともできます。ただ、国税調査官には国税通則法により「質問検査権」が与えられていて、納税者が正当な理由なく調査に応じなかった場合は、罰則(1年以下の懲役または50万円以下の罰金)が科されることもあります。
「増差」を出したい
── 国税調査官には税務調査の“ノルマ”はあるんですか。
倉田 ノルマがあるかどうかはさておき、国税調査官はより多くの「増差」(所得や財産の申告漏れを指摘後の税額と当初申告の税額との差)を出したいと思っていますし、「ジュウカ」と呼んでいる重加算税を取りたいと思っています。僕の上司は「ジュウカを取れない調査官はダサい」と言っていました。また、実地調査に行って、手ぶらで帰るのもダサいですね。調査に行ったら、何かしら結果を出さないと。
── 重加算税とは?
倉田 申告に仮装・隠ぺいがあった場合、増差税額に35%(無申告の場合は40%)を課すペナルティーです。加算税には4種類あり、ミスや誤りによって税額を少なく申告した場合の「過少申告加算税」(最大15%)、申告期限を過ぎた場合の「無申告加算税」(最大20%)、源泉所得税を期限内に納付しなかった場合の「不納付加算税」(最大10%)、そして最も重いのがジュウカです(表)。
── 調査官の評価の世界も、なかなか厳しそうですね。
倉田 ある会社の税務調査で、ゴルフ会員権を会社のお金で購入して、実際は社長だけが事業と関係なく個人的に使用していることが判明しました。「会員権の費用は実際には役員報酬の一部ですよね」と指摘し、法人に対して源泉所得税を納付していない分の不納付加算税を課したりしましたが、法人税の増差にはなりませんでした。当時の上司には「法人税が取れなかったことを恥じるべきだ」と言われました。
「客」としても行く
── そもそもなぜ、国税局に入ろうと?
倉田 もともと芸人を目指していましたが、大学3年で時間に余裕ができたので公務員試験の勉強もしていました。公務員試験にすべて落ちたら芸人になろうと思っていましたが、国税専門官試験を含めていくつか受かりました。試験に受かると、各官庁の説明会に出て就職先を選ぶのですが、国税局の説明を聞いて一番おもしろそうだと感じました。
── 国税局職員の士気はどうやって保っているのですか。
倉田 僕にとっては、仕事を評価してもらうことでした。表彰されるとうれしい。表彰は個人ではなく、署やチーム単位です。一度、フロア全体の部署で表彰されたことがあり、「自分たちは頑張ったんだ」という一体感を感じました。ただ、2011年の国税通則法改正で税務調査を実施する手続きが増え、かつての同僚もしんどいと言っています。「内観調査」も増えることはないのでは。
── 内観調査とは。
倉田 調査対象の事業所に事前に「客」として行き、普段の店の様子を見て売り上げの状況などを確認することです。僕の男性の先輩で、男性専門の風俗店に内観調査に入った人もいました。先輩は嫌だったそうですが、仕事だから仕方がないじゃないですか。先輩からは「内観調査は決して楽しいものではないのだ」と戒めの言葉をもらいました。
── 国税の仕事にやりがいを感じていたのに、なぜ芸人に?
倉田 その質問、週に3回ぐらいされます(笑)。自分にとっては仕事は楽しい方がよく、収入も上がることにつながると思っています。国税局の仕事はおもしろかったけれど、芸人はもっとおもしろそうだなと思って退職しました。現在はウェブ媒体でお金や税についての原稿を書いたり、ユーチューブのチャンネル「さんきゅう倉田の『お金の義務教育』」で動画を配信したりしています。
■人物略歴
さんきゅう・くらた
1985年、神奈川県生まれ。大学卒業後、2007年に東京国税局入局。09年にお笑い芸人に転じる。吉本興業所属。ファイナンシャルプランナーの資格も持つ。著書に『読めば必ず得する税金の話』(総合法令出版)。