「あの人の言うことがわかりにくい」のはなぜか ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」で考える職場のコミュニケーション
Q 上司から明確な指示がなく、推測で動くとトラブルになります
A 上司が普段使う言語を文脈ごと理解するような言葉のやり取りを試みよう
上司とのコミュニケーションがうまくいきません。指示ひとつにしても明確に言ってくれない人なので、自分が推測するしかないのです。それが間違っているようで、いつもトラブルになります。いったいどうすればいいのでしょうか。(事務職・30代男性)
役職の高い人に限って話がわかりにくいというケースは結構ありますよね。
一を聞いて十を知る人は、一しか言ってくれません。これで理解できるはずだと思っているのですが、聞いている方は、少ない語彙(ごい)から相手が言わんとしていることを推測しなければなりません。
あまり聞き返すのも悪いかなと謙虚になってしまう日本人の性格も災いして、こういうトラブルが頻発します。
言葉というのはやっかいなもので、同じ言葉でも文脈によって意味が変わってしまうのです。
そのことを明確に指摘したのは、哲学者の中ではウィトゲンシュタインが最初でした。
だから彼は、後に言語哲学に大きな影響を与えることになったのです。
言語ゲームで意味を把握
言葉に関してウィトゲンシュタインが提起したのは、「言語ゲーム」という概念でした。
つまり、言語はそれ単体では意味が確定するものではなく、私たちは日常の中で言葉をゲームのようにやり取りする中で、その意味を確定していくということです。
したがって、言語ゲームとは「生活形式」であるということができます。
それは彼自身、次のように言っていることからも明らかです。
「ここで『言語ゲーム』という言葉を使ったのは、言葉を話すということが、一つの活動や生活形式の一部であることを、はっきりさせるためなのだ」と。
そのためには、生活そのものを文脈として正しく読まなければなりません。
具体的には、その言葉がやり取りされる状況をよく観察するということです。
八百屋で「リンゴ五つ」と言うだけで、ちゃんとリンゴを五つ購入するという意図が伝わるのはそのためです。
言葉なんて音だけ聞けば、あるいは字面だけ見れば理解できると思われがちですが、むしろそれが使われる状況、現場の観察こそが大事だなんて面倒ですよね。
でも、言葉は生きていますから、そこをいい加減にすると、違う意味でとらえてしまってトラブルを招く結果になるのです。
相談者も上司の言葉を正しく理解するには、その人が日ごろからどんなふうにその言葉を使っているのか、観察してみることをお勧めします。
(イラスト:いご昭二)
(本誌初出 上司から明確な指示がなく、推測で動くとトラブルになります/59 20201208)
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889~1951年)。オーストリア出身の哲学者。哲学は言葉の分析にすぎないとする前期思想と、むしろ言葉の意味は文脈により確定するとした後期思想に分けられる。著書に『哲学探究』など。
【お勧めの本】
大谷弘著『ウィトゲンシュタイン 明確化の哲学』(青土社)。
彼の思想を「よく生きる」ための哲学として読み直した野心作
読者から小川先生に質問大募集 eメール:eco-mail@mainichi.co.jp
■人物略歴
小川仁志 おがわ・ひとし
1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授(公共哲学)。20代後半の4年半のひきこもり生活がきっかけで、哲学を学び克服。この体験から、「疑い、自分の頭で考える」実践的哲学を勧めている。
「小川仁志の哲学チャンネル」