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脳に電極を埋め込み機械を「念」で操作……イーロン・マスクが参入した「BMI」とは何か

スペースXのイーロン・マスクCEO(左)と記者会見する前沢友作社長=米ロサンゼルス近郊で2018年9月17日、ルーベン・モナストラ撮影
スペースXのイーロン・マスクCEO(左)と記者会見する前沢友作社長=米ロサンゼルス近郊で2018年9月17日、ルーベン・モナストラ撮影

脳とコンピューターをつなげ、脳の情報を基にロボットアームなどの機械を動かす技術「ブレーン・マシン・インターフェース(BMI)」の開発に、米国の巨大テック企業が相次いで参入し、実用化に向けた動きが加速している。

米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は2016年にニューラリンクを設立し、豊富な資金力をもとにBMIの開発をスタート。

19年夏には、ヒトに装着可能な小型脳活動記録デバイス(図1)と、それを脳内に埋め込む手術に使う脳外科ロボットを発表した。

マスク氏らが19年7月に発表した論文によると、デバイスのあらましはこうだ。

まず、ポリマーで被覆した髪の毛1本分の糸状電極を32本束ねて直径0・2ミリ程度のワイヤにする。

次に、そのワイヤ約100本を2センチ四方の電気信号処理装置につなぐ。

つまり、1個のデバイスにつき、約3000本もの電極があり、従来技術よりも1桁多い数の脳細胞が発する電気的な信号を同時に記録することができる。

マスク氏らは、ワイヤを神経細胞が集まる大脳皮質に高速かつ機械的に埋め込む脳外科手術ロボットを製作し、ネズミの脳に実際に埋め込んだ(図2)。

大脳皮質に刺し入れられた電極(図3)によって、約80%の確率で、脳細胞が発する電気信号を記録できた。

ただ、どれくらいの期間安定して記録できたかや、この電気信号をどう解析したかは公表されなかった。

マスク氏の改良デバイス

さらにマスク氏は今年8月、改良したデバイスを発表。

ブルートゥース(近距離無線通信)で接続すれば、スマートフォンの専用アプリでもデバイスを操作できるようにした。

オンライン発表会では、このデバイスを埋め込んで2カ月たったミニブタを登場させ、ブタの鼻が何かに触れると、脳細胞が反応する様子を実演してみせた。

将来的は、念じるだけで車を呼んだり、ゲームを操作できるようになる可能性があるとした。

米フェイスブックも17年、脳とコンピューターを直結し、言葉を思い浮かべるだけでテキスト入力できるような技術を開発中と公表。

19年には、米国のBMIベンチャーを買収した。ただ、開発中の技術の詳細は発表されていない。

スタートアップの動きも活発だ。

今年に入って設立された米ハーバード大学発のBMIベンチャーは、皮膚上から脳の運動情報を反映する筋電図を記録し、それを用いてロボットアームを動かすところを見せた。

血管が傷つく恐れ

実は、BMIの研究開発は今に始まったことではない。

1970年代にその原理が考案され、10年代前半には米国の大学で臨床試験が行われた。

脊髄(せきずい)損傷や神経疾患により手足が不自由になった患者数人に脳外科手術を施し、大脳に電極を最大100本程度埋め込み、運動に関する脳情報を採取。

その情報を用いてロボットアームを動かすことを試みたが、電極周辺の脳細胞が傷つき、脳情報の記録ができなくなり、数カ月後には電極を抜去せざるを得なかった。

脳の活動を記録する方法はいくつかある。

脳活動で生じる電位と磁場を頭皮上から記録する脳波や脳磁図、脳血流の局所変化を測る機能的核磁気共鳴法(f-MRI)などだ。

しかし、脳波は空間分解能が悪く、局所の脳情報を特定できない。

脳磁図の測定には巨大で高価な装置が必要であり、日本でも数カ所の研究施設にしかない。

MRIは多くの医療機関に普及しているが、脳活動を記録するには、騒音を発するタンク型の装置の中で数十分間じっとしていなければならない。

今のところ、BMIには電極を用いるしかない。

こうした中、米国のIT企業が、日進月歩の半導体マイクロチップの技術に目をつけ、相次いで参入。

それまで苦戦気味だったBMIの開発が、再び脚光を浴びるようになったのだ。

ただ、実用化への道のりは平たんではない。

マスク氏は今年8月のニューラリンクの発表会で、7月に米食品医薬品局(FDA)から「ブレークスルー・デバイス・プログラム」という自主的プログラムへの参加を承認されたことを根拠として、年内に脊髄損傷の患者に臨床応用したいと述べたとされる。

しかし、FDAが公開しているガイドラインを読むと、このプログラムは開発されたデバイスの臨床応用の促進をうたってはいるが、ヒトへの使用の認可はしていない。

デバイスにつながるワイヤを脳内に埋め込む際に、脳深部を走行する血管が傷つく恐れがあり、直ちにこのデバイスを臨床応用するのは危険である。

さらに記録した脳細胞の電気信号をどう解析するかも次の大きな課題だ。

心は解読できるか

このように、米国では巨大テック企業を中心にBMIに大きな関心が寄せられている。

彼らは今のところは、目的はリハビリと表明しているが、究極の目的はヒトの心の解読ではと疑う人も多い。

心とは何かは、洋の東西を問わず、多くの哲学者が紀元前から提起してきた命題で、脳科学の最大の研究テーマでもある。

ここで我々が何か行動をしようと欲した時、脳で何が起きているか、最も単純な見方で考えてみよう。

例えば、ある朝、「今日は電車で出勤し社内で仕事をしよう」という意思を抱いたとする。

このような心の中で自由に生じる意思を「自由意思」と呼ぶ。

一方で同時に、混雑した車内で「新型コロナウイルスに感染するのは怖い」という嫌悪の「情動反応」が生じる。

そこで脳は、両者をてんびんにかけ、理性に基づいて「行くか行かざるか」を意思決定する。

もちろん、てんびんにかけるのは自由意思と情動反応だけでなく、複数の異なる自由意思同士や情動反応同士のこともある。

脳損傷を受けた患者や実験動物の症状から、自由意思の源は大脳前頭葉の前頭前野を中心とする領域で、情動反応の源は扁桃(へんとう)体や海馬を含む大脳辺縁系と考えられている(図4)。

行動の源となる意思決定は、定説とはなっていないが、前頭前野を含む前頭葉のどこかにその源があると考える研究者が多い。

ところが前頭葉については、ネズミなどの実験動物の解剖や生理の知見は極めて少ない。

さらに面倒なことに、自由意思や意思決定が特定の脳領域に属する脳細胞の活動で生じるという考え方と、複数の脳領域に分布する脳細胞群の同期活動で生じる考え方があり、20年前から国際的論争が行われている。

BMIで心を解読するには、前頭葉や大脳辺縁系にある多数の脳細胞から、自由意思や情動反応、さらに意思決定に関連する情報を記録しなければならない。

しかし、ヒトの前頭葉や大脳辺縁系にはそれぞれ少なくとも億単位以上の数の脳細胞があると想定され、今のBMIの技術では歯が立たない。

要するに心の本質的な部分については、基礎研究がようやく始まった段階なのである。

海外の熱気とは対照的に、日本では脳研究の予算削減の影響で、BMIの研究室が10年以降減少。

若手研究者の新規参入も減り、研究環境は悪化の一途だ。

BMIは心の解読に向けた脳研究の強力なツールとなり得る。

しかし、それには電極の素材に革命的技術革新が起こり、現状の数桁以上の数の脳細胞から数年間安定して脳情報の記録ができることが必要で、まだ相当の年月がかかるだろう。

ベンチャービジネスは一時的には多くの研究者や資金を集めるが、逃げ足も速く、気の長い脳研究には向いていない。

日本の若手研究者には海外のベンチャー企業などを気にせず、BMI研究に参入してほしい。

他人を意のままに?

ところで、BMIを悪用すれば、他人の脳に自分の脳情報を送り、他人の心やロボットを自分の意のままに操作することも可能になるのか。

このような話は、今はゲームやSF映画の世界と皆笑うが、将来、BMIで大量の脳情報を簡単に読み取ることができれば現実となる。

BMIはリハビリや心の研究の強力なツールであり、開発を進めなければならない。

ただし、ベンチャー企業が暴走しないように、国際的にBMIの研究倫理を議論し、研究の方向性や使用法にルールを設けるべきだ。

(永雄総一、医療法人のぞみ会希望病院・高次脳機能研究所長)

(山﨑匡・電気通信大学准教授)

(本誌初出 イーロン・マスクも参入 念じれば機械も動く? 「脳に電極」が実現する日=永雄総一/山﨑匡 20201215)

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