投資・運用 東京大学の挑戦
日本の大学で初、東大の大学債が前途多難なワケ
東京大学が「大学債」を発行した。国公立、私立大を含め日本の大学が起債するのは日本で初めて。国立大学の経営改革につながると評価する声があがるが、償還原資の確保に不安を抱く市場関係者は少なくない。実際、東大の大学債の購入を途中で断念する投資家もいた。大学債が日本の資本市場に根付くまでには、多くの課題を乗り越える必要がある。
6月の法改正で発行可能に
10月16日、東大は大学自身を発行体とする大学債を日本で初めて発行した。従来、国立大学法人に認められていた大学債の発行は、付属病院の整備や大学等の移転事業を対象とし、その施設・設備から得られる収入で償還できる見込みがあるものに限定されていた。資金使途や償還原資が限られることから、これまでに発行実績はなかった。
それが今年6月の国立大学法人法施行令の改正によって、資金使途が先端研究教育の施設・設備の建設などにも広がり、償還原資も同施設・設備からの直接的な収入に加え、大学全体の余裕金(寄付金や運用益など)を充てることも認められるようになった。
私大にも発行実績はなし
発行要件が緩和されたことで資金調達が行いやすくなり、東大が最初の大学債発行に踏み切った。
私立大学では大学債の発行に制限がないが、資金調達手段は銀行借り入れが一般的で、文部科学省によると私大でも大学債の発行実績はないという。
日本国債に準ずる格付けを取得
日本初となった東大の大学債は、先端研究施設の建設等を資金使途とし、発行額は200億円、償還期間は40年、利率は0.823%。格付け機関からも格付けを取得しており、格付投資情報センターがAA+、日本格付研究所がAAA。いずれも日本国債に準じる水準だ。
国立大学が法人化された2004年以降、経営の自立が求められるなかで、国からの交付金は減少傾向にある。
経営基盤の強化に向けて新たに資本市場から自主財源を調達した今回の大学債発行は、国立大学が戦略的な事業展開を進めていく上で大きな意味を持つ。
市場は社会貢献債と評価
東大によれば、地方公共団体や事業会社、学校法人などさまざまな投資家が大学債を購入したという。
野村資本市場研究所・野村サステナビリティ研究センター長の江夏あかね氏は「相応の金利を享受でき、ESG投資(環境、社会、企業統治を重視した企業・団体の株や債権に投資すること)の重要性が増すなかで大学債がソーシャルボンド(社会貢献債)であることも投資家の需要を捉えた」と評価する。
東大の収支は赤字
一方で、問題点も指摘されている。
その一つが、償還原資に不安があることだ。19年度の東大の財務諸表を見ると、収入2368億円に対して、支出は2376億円と収支は赤字状態にある。
しかも、収入の過半は国からの交付金と付属病院からの収入が占め、そのほかの収入は受託研究や授業料、寄付金となっている。つまり収支構造が赤字状態のなか、償還原資として大きく伸長するような事業収益は見当たらない。
償還原資に適さない国プロ
今回調達した200億円は、素粒子「ニュートリノ」に質量があることを観測し、ノーベル物理学賞受賞につながった施設「スーパーカミオカンデ」の後継施設である「ハイパーカミオカンデ」の建設や、コロナ禍でもサイバーと実空間の双方で教育、研究に専念できるキャンパスの整備、スマート化などに充当される。
これら投資対象の事業は、直接的に収益を生み出すというよりも、基礎的な学問研究などに資するもの。
実際、機関投資家からは「(東大の大学債の資金使途は)安定的なキャッシュフローを生み出す事業というより国家プロジェクト的な投資事業であり、投資家に示す償還原資として適切なものとは思えない」(大手証券会社の幹部)との声が上がる。
格付け投資情報センターが発表した今回の大学債に関するレポートを見ても、格付けこそ「日本ソブリンと同格」と説明されているものの、償還原資についての詳しい言及は見当たらない。
「40年で0.8%は投資妙味に欠ける」と判断した投資家
金利水準に対する機関投資家の視線も厳しい。
東大40年債の利率0.823%は、40年国債に対する金利上乗せ幅(スプレッド)が0.18%となっている。国立大学法人が発行する債券は一般担保が付与されているものの、政府保証がない独立行政法人の財投機関債に類似する。
投資家説明会で、機関投資家から「政府保証のない債券としては金利が低過ぎる」との意見もあった。東大債の購入を検討していたものの途中で断念した富国生命は「大学債はESG債という観点で魅力的だが、40年債で0.8%台の金利水準は投資妙味に欠ける」(広報室)と判断した。
企業の受託研究などで計1000億円の大学債
東大は今後10年間で、計1000億円の大学債を発行したい意向とされ、企業からの受託研究などを増加させることで得られる収入をその償還原資としていく考えだ。
ただ、今後の継続的な大学債の発行に当たっては、投資家が納得する償還計画を策定し、金利水準についても投資家のニーズに応えていく必要がある。
発行体として自らの財務状況を積極的に開示・説明することも欠かせない。
江夏氏は、東大が今後も大学債を発行・償還していく上で「ガバナンスを向上させ、事業運営の効率化への取り組みが必要になる」と指摘する。
米国は債券投資として定着
海外に目を転じると、大学債は盛んに発行されており、米国などでは債券投資の一類型として定着している。
野村資本市場研究所の調べによれば、世界における大学債の発行額は2010年代から加速し、これまでに592億ドルの発行実績があり、2020年だけを見ても10月末時点で126億ドルに達している。「社会的な信用力が高い歴史のある大学では、リファイナンスをしたりするなど超長期の資金調達を大学債で継続して行っている」(江夏氏)という。
コロナで増える大学債の発行
とりわけ足元では、新型コロナ・ウイルスの感染拡大に伴う学校閉鎖や留学生の減少によって大学の収支が悪化していることから、世界的に大学債の発行が広がると見込まれている。
欧米では大学債を用いた学生寮の整備や、調達した資金を資産運用の原資とするケースなども見られる。
運用サイドでも、大学基金がプライベート・エクイティーやベンチャー・キャピタルに出資するなど、リスクの高い投資を行うことも珍しくないようだ。
課題は山積だが他の国立大も検討
日本でも、大手証券会社にはすでに複数の国立大学から大学債の発行に関する相談が寄せられているという。
ただ、国立大学は学生から徴収する授業料が抑制されている上、付属病院以外には目立った収入源がない。
今後の大学債の発行に向けては、まずは大学自身が経営の将来像を示し、債券を発行する意義や償還の仕方について投資家との対話を深める取り組みが求められる。
(週刊金融財政事情編集部)
※この記事は 週刊金融財政事情2020年12月14日号の『東大が日本初の大学債発行も市場拡大は前途多難』を一部編集したものです。