経済・企業エコノミストリポート

コロナ禍でひそかに「卸市場」を通さない「産地直売」が急伸しているワケ

ふく成が販売するマダイの切り身。小家族でも買いやすいように、一切れずつのパックになっている ふく成提供
ふく成が販売するマダイの切り身。小家族でも買いやすいように、一切れずつのパックになっている ふく成提供

「3月の売上高は前年同月より8割〜8・5割ほど下がってしまい、かなりピンチでした」

と振り返るのは、熊本県でマダイやトラフグの養殖業や小売・卸売業を営むふく成の平尾有希専務。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う飲食店の需要減や、結婚式など各種イベントの延期・中止は、これらに食材を供給する生産者にも大きな打撃を与えた。

同社も、2020年3月に入るとホテルなどの既存需要が激減する事態に。

思案の末、同社は外出自粛で在宅者が増えていることから一般消費者向けの販売に力を入れようと判断。

産直EC(電子商取引)サイト「食べチョク」に登録し、4月から販売を始めた。

一般消費者向けの販売に際して、小家族需要に対応するため切り身を一切れずつパックした商品や、年配者でも安心して食べられるよう骨抜きした商品を用意するなど工夫を凝らした。

その甲斐あって4月以降は毎月、前の年を上回る売り上げに。

「とにかくホッとしました。毎月きっちり給料を払って従業員の生活を守れましたから」と平尾専務。

10月末時点で既存需要は回復傾向だが、依然ECの売り上げが7〜8割を占めるという。

月間流通額が38倍に

食べチョクの運営会社であるビビッドガーデンの秋元里奈社長は、

「当時の安倍晋三首相が全国の小中学校などに臨時休校を要請した2月末以降、全国の生産者から『休校やイベント中止で販路がなくなり、大量の在庫を抱えている』とSOSが多数届くようになりました」という。

生産者の声を受け、3月2日から在庫を抱えた生産者の商品を販売する特集ページを公開。

「動きが早かったのと、生産者の困窮を多くの消費者が知ったことで利用者が一気に増えました」と秋元社長。

在庫を抱える生産者の新規登録も増加。

8月末時点で利用者数が2月末の17倍、登録生産者数が同4倍、月間の商品流通額が38倍になった。

取材した11月上旬時点でも、流通量は一時の勢いこそないものの依然拡大しているという。

「コロナによって産直EC未体験だった人が初めて体験して、意外と安くて良い品が買えるという価値に気づいた」と見る秋元社長。

生鮮品のEC需要は今後も拡大すると見込む。

コロナ禍が追い風

有機農産物や各種食品などの宅配サービス「Oisix」「大地を守る会」「らでぃっしゅぼーや」を展開するオイシックス・ラ・大地も業績は好調。

20年度上期(20年4〜9月期)の売上高は前年同期のほぼ5割増の475・6億円に。

会員数も伸びており、20年度上期時点で「Oisix」は前年同期比21・5%増の約27・5万人、「大地を守る会」は同19・6%増の約4・5万人、「らでぃっしゅぼーや」は同4・1%増の約6・2万人となった。

「2月末から既存客の1回当たりの購入金額、および購入頻度がいずれも増加しました」と同社経営企画本部の西根渡(わたる)部長。

新型コロナの感染拡大後、保存の利く飲料や缶詰が売れるようになった他、レトルト食品など食事の用意が簡単な商品を昼食に用いる「ランチ需要」が増加。

同社は感染収束後もテレワークが社会にある程度定着すると考えており、ランチ需要は今後も堅調と予想する。

同社は00年設立。「あまり店頭に並ばない環境負荷の低い食品を流通させて、持続可能な社会を実現したいとの思いが当社の出発点」と語る西根部長は、コロナ禍を機に「より安心・安全な食べ物を食べたいというニーズ、社会により良いものを消費したいというトレンドが拡大しつつある」と捉えている。

農総研がスーパーで展開する直売コーナー 農総研提供
農総研がスーパーで展開する直売コーナー 農総研提供

農産物のスーパーでの直売や卸売事業を展開する農業総合研究所でも、20年8月期(19年9月〜20年8月)の売上高は前年比21・8%増の34・7億円、消費者の購入額の総額(流通総額)は同14・4%増の108・6億円に拡大した。

同社の直売事業では、登録する生産者が全国に92カ所ある同社の集荷場に農産物を持ち込んで販売を委託。

その際、生産者は販売する数量や価格、販売する店を自ら決める。

農産物は、各店舗内に設けられた直売コーナーで販売される。

4月30日〜6月30日には、外食産業など取引先の休業などで販売先を失った農産物を同社が買い取り、スーパーで「生産者応援キャンペーン」と銘打って販売した。

「生産者からは『捨てるしかないと思っていた野菜を金に代えられて助かった』と感謝されました。スーパー側からも『定番化したい』と言われるほど好評でした」

と及川智正会長CEO。

スーパー各社との付き合いの中で、「卸売市場でも、新型コロナで取引が停止するなどの影響が出る可能性もあります。スーパー側はリスク回避の面で我々のような市場外の流通事業者の重要性にも気づいているのでは」と感じている。

一方で、「3〜4月にかけて『魚ポチ』の注文量が6〜7割落ちました」と率直に語るのは、飲食店専門の生鮮品仕入れサイト「魚ポチ」を運営するフーディソンの山本徹CEO。

新型コロナの感染拡大に伴い、首都圏中心に1・7万店以上の会員飲食店からの注文が激減した。

同事業が落ち込む一方、一般消費者向けに展開していた鮮魚店の業績は好調に推移。

8月からは一般消費者向け生鮮品ECサイト「perrot(ペロット)」の本格運営も開始した。

目下、サイトの売り上げは拡大傾向。

山本CEOは「従来、水産物は店頭で目で見て買うものでしたが、今はECでもおいしく食べられることに気づいた人が増えたのでは」と予想する。

なお、「魚ポチ」の需要もその後回復し、9月には昨年並みの実績に戻ったという。

選択肢の一つ

産直ECサイトや直売所の販売事業など、卸売市場を経由しない流通は「市場外流通」と呼ばれる。

農林水産省のまとめによると、生鮮品の卸売市場経由率は年々低下。

青果(野菜・果物)は1989年度の82・7%から17年度は55・1%に、水産物は同74・6%から同49・2%、食肉は同23・5%から同8・3%に下がっている。

青果も国産に限れば17年度は78・5%だが同じく低下傾向にある(図1)。

裏返せば、その分市場外流通が増加していると言える。

矢野経済研究所は9月、国産青果の産直ビジネス市場の調査結果を発表した。

それによると市場は年々拡大しており、19年の市場規模は前年比4・2%増の約2・9兆円と推計。24年には19年に比べて20・6%増の約3・5兆円にまで拡大すると予測する(図2)。

流通経済研究所の石橋敬介主任研究員は「農業に関して言えば、生産者が市場外で売って経営の安定化を図る、という方法が勝ちパターン化している。市場ではいくらで売れるかわからないが、市場外では売り先との交渉で価格を決めておけば、売り上げが計算できて経営が安定する。買う側も生産者と直接取引すれば安定調達が図れる」と市場外流通の増加理由を指摘。

ただ、産直EC各社については「メディアでさかんに好調ぶりが報じられたが、市場外流通全体でみればまだ小規模で、むしろ農協などが手掛ける各地の直売所の方が大きなウエートを占めるのでは」と冷ややかだ。

今後、産直事業などの市場外流通は市場流通を凌駕(りょうが)し得るのか。

石橋主任研究員は「市場経由率は今後も下落するが、いつかは下げ止まるだろう。卸売市場は各産地から商品を集約し、そこから各地に分散させるシステムが確立しており物流効率が良い」として、市場流通と市場外流通は引き続き併存すると予想する。

今回取材した産直各社からも「既存の流通機能を代替する気はない」という旨の発言が相次いだ。

農総研の及川会長CEOは「農協は、生産者が値段を決められない、販売先を選べない、作りたい作物を作りづらいという面もありますが、農協が持つ大量流通・大量販売・安定供給を実現する仕組みは今後も必要。私たちは、生産者にとって商品流通の選択肢の一つでありたいと考えており、登録生産者にはよく『全部うちに出さなくていいですよ』と言っています」として、流通の多様化を自社の役割と考える。

今年、及川会長CEOの言う「選択肢」は、冒頭のふく成を含め苦境に陥った生産者を助けた。

和歌山県のハーブ農家の今木史典さんは、4月に飲食店などの需要減を受け農総研と契約。

5月の売上高は前年同月の8割程度に回復した。

千葉県で野菜を栽培する農家の香取岳彦さんも、飲食店など既存需要が減る一方で、食べチョクでの販売が増加した。

その香取さんはこう語る。

「今後、顔の見える生産者から直接買う流れが進むと思います。あの生産者が作った、と考えながら食べるとおいしいですから」。

コロナ禍で、流通・消費の選択肢として存在感を高めつつある産直ビジネス。

新型コロナは感染拡大傾向にあり、この分野には引き続き注目が集まりそうだ。

(具志堅浩二・ジャーナリスト)

(本誌初出 新鮮な刺し身も産直で コロナで産直ビジネスに脚光 変わる生鮮品の流通・消費=具志堅浩二 20201208)

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