国際・政治エコノミストリポート

「安倍さんの願いがかなう」防衛省の概算要求に「敵基地攻撃能力」が並んでいる驚くべき理由

    安倍晋三首相(右、当時)と今井尚哉首相補佐官=首相官邸で2020年9月9日、竹内幹撮影
    安倍晋三首相(右、当時)と今井尚哉首相補佐官=首相官邸で2020年9月9日、竹内幹撮影

    「米軍が日本を守らない」衝撃の演習結果

    近隣国から飛来する大量の弾道ミサイルを、自衛隊と米軍が協力して迎撃する。

    全てを防ぐことはできず、日本列島に次々と着弾。

    自衛隊は敵の攻撃地点を攻撃することを米軍に期待するが、米軍は沈黙を守ったまま、日本の被害は広がっていった──。

    2年に1度、さまざまなシナリオを想定して日米がコンピューター上で行う図上演習「キーンエッジ(鋭い刃)」。

    10年ほど前に行われたものだというこのときの演習で、「米側は最後まで敵の拠点を攻撃しなかった」と日本の政府関係者は打ち明ける。

    米側が攻撃しなかった理由は、日本側もはっきりとは分からない。

    しかし、「米軍にもそのときどきで事情があり、日本が期待しても打撃力を行使しないことがあることが分かった」と、同関係者は話す。

    打撃力とは、戦闘機やミサイルを使って敵の作戦拠点をたたく軍事力を指す。

    敵基地攻撃能力とも呼ばれる。

    一般的には核戦力を意味するが、日本では通常弾頭を搭載したものが議論される。

    関係者によると、防衛力の強化に積極的な自民党の国防族の間でも、核による打撃力の保有は協議されたことがないという。

    共同訓練する航空自衛隊のF15戦闘機(上と下)と米空軍のB1爆撃機(中央の2機)。自衛隊は「矛」の能力を持ちつつある(航空自衛隊提供)
    共同訓練する航空自衛隊のF15戦闘機(上と下)と米空軍のB1爆撃機(中央の2機)。自衛隊は「矛」の能力を持ちつつある(航空自衛隊提供)

    憲法9条と整合と解釈

    日本政府は専守防衛を掲げながらも、この能力を保有することは「法理的に自衛の範囲内」との見解を取り、交戦権を否定する憲法9条に違反しないと解釈してきた。

    しかし、抑制的な防衛力の整備を基本とし、必要な兵器をそろえてこなかった。

    日本とその周辺の防衛は、日米安全保障条約の下で自衛隊が「盾」、在日米軍が「矛」の役割を担うと整理されてきた。

    敵基地攻撃能力を持つことは、日本が矛の領域に踏み込み、日米の役割分担を変えうることになる。

    これまでも敵基地攻撃能力の保有論はたびたび頭をもたげてきた。

    北朝鮮が弾道ミサイルの性能を着々と高めるなど、安全保障環境が厳しさを増す一方、いざというときに米国が本当に敵基地を攻撃してくれるのかという不安が日本の政策決定者の間で芽生えてきたためだ。

    2013年5月の参議院予算委員会、当時の安倍晋三首相は、「今まさに日本を攻撃しようとしているミサイルに対して、米軍の例えばF16(戦闘機)が飛んでいって攻撃してくださいよと日本が頼むという状況でずっといいのかどうか」と述べている。

    答弁の裏には冒頭のキーンエッジの一件があったと、この政府関係者は解説する。

    報告を受けた安倍氏は、自分たちでできるようにしなくてはだめだと話していたという。

    前首相、執念の談話

    それから7年、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備を今年6月に断念して以降、日本の政府内で敵基地攻撃能力の保有議論が活発化している。

    費用や技術的な難しさに加え、地域の軍拡競争につながることなどを懸念する米国の支持を得られず、これまでは自民党の国防族が保有を提言しても政府が公式に取り上げることはなかった。

    ところが、今回は様相が異なる。

    9月11日、安倍前首相は退任直前に安全保障談話を発表した。

    「迎撃能力を向上させるだけで本当に国民の命と平和な暮らしを守り抜くことができるのか」。

    念願だった敵基地攻撃能力の保有に向けた議論を促し、菅義偉政権に後を託した。

    主に防衛省の背広組と制服組、外務省の精鋭が集められた内閣官房の国家安全保障局(NSS)を中心に議論し、年末までに方向性を示す。

    安倍氏の実弟、岸信夫防衛相は9月20日のNHKの番組で、「年末までに一定の考えを示す」とした上で、「政府で問題意識と検討状況を整理し、与党としっかり協議したい」と語った。

    概算要求ににじむ宿願

    結論がまだ出ない中で、防衛省が9月末に決定した来年度予算の概算要求には目を見張った。

    過去最高の5兆4898億円という点ばかりが大きく報じられたが、注目すべきは一つ一つの要求項目だ。

    敵の作戦拠点をたたくのに必要な装備がずらりと並んでいた(表)。

    まずはF35ステルス戦闘機。

    日本はすでに米国から計105機調達する方針を決めているが、来年度は6機分の購入費666億円を要求した。

    そしてF35のステルス(隠密)性を損なわないよう、胴体内に格納するノルウェー製の巡航ミサイルの取得費172億円を計上した。

    射程は500キロで、もしF35がレーダーに捕捉された場合でも相手から攻撃を受けにくいよう、遠方から海上や地上の目標を狙うことが可能となる(図)。 

    また、F15戦闘機に射程900キロの巡航ミサイルを搭載するため、機体の改修費213億円を要求した。

    発射したミサイルが迎撃されないよう、遠方から敵のレーダーを無力化できる電子戦機の開発費153億円も要求した。

    安価な小型衛星を多数使い、攻撃目標の位置を捉えるための情報収集能力を強化することも研究する。

    防衛省は、こうした装備を敵基地攻撃のために使用するとは明言していない。

    世界的にミサイルの長射程化が進む中で、敵の脅威を受けない場所から安全に攻撃できる能力、いわゆる「スタンド・オフ防衛力」を取得するとしか説明していない。

    東シナ海に浮かぶ尖閣諸島など、島嶼(とうしょ)部の防衛を強化するためだという。

    敵基地攻撃に必要な装備群は「ストライク・パッケージ」と呼ばれる。

    戦闘機や巡航ミサイルなど相手の作戦拠点を破壊する打撃力、事前に敵領内のレーダー網や迎撃態勢を無力化して制空権を確保する電子戦能力、ミサイル発射の兆候をつかみ、発射装置の位置を特定する情報収集能力。

    防衛省は今回、まさにこうした一連の能力を要求している。

    別の政府関係者は「小型衛星群も導入できれば、より完全なストライク・パッケージがそろう」と話す。

    「あと、防衛大綱に明記できれば安倍さんの願望がかなう」。

    菅首相は11月4日の衆院予算委員会で、安倍氏の談話は「閣議決定を得ていない」とした上で、「効力が後の内閣に及ぶものではないと考えている」とトーンを落とした。

    それでも「談話を踏まえて議論を進め、あるべき方策は考えていきたい」と検討を続ける方針を示した。

    米国の変容を反映

    敵基地攻撃能力の保有には従来、大きく二つのハードルがあった。

    一つは費用の高さ。「すべてをそろえるには兆円単位かかる」と、防衛省関係者は話す。

    しかし、ゼロから導入するのではなく、もともと調達を決めていたF35や、以前から保有しているF15を流用し、新たに登場してきた射程の長い航空機搭載型の巡航ミサイルを組み合わせることで、効率的に敵基地攻撃能力をそろえられるようになったと、同関係者は言う。

    「既存の装備体系の中で敵基地攻撃能力を持とうとすると、スタンド・オフ能力を高める方向になる」と説明する。

    もう一つのハードルは米国の了解だ。

    日米安全保障条約の目的の一つは、日本が再び軍事大国となるのを防ぐことであり、米国はずっと日本が「矛」を持つのに反対してきた。

    政府関係者によると、米軍と自衛隊の役割分担を定めた日米防衛協力のための指針(日米ガイドライン)を17年ぶりに改定しようとしていた14年、日本は米側に対し、敵基地攻撃能力の保有に向けた協議を打診した。

    米国は当時、イラク、アフガニスタンでの戦いを経て、世界の警察官という立場から降りようとしていた。

    それでも日本の打診にはイエスとは言わなかった。

    米国は、日本が打撃力を保有すれば東アジアの軍事バランスを崩しかねないと懸念してきた。

    さらに、米国が提供する抑止力への信頼が同盟国の間で揺らいでいるのではないか、との臆測を呼ぶ恐れもあるため、この問題をガイドライン協定という公式協議の場で取り上げることに難色を示した。

    しかし、日米の複数の関係者によると、両国の防衛当局は水面下で協議を継続した。

    その間、中国は偉大な復興を掲げる習近平国家主席のもとで軍事力を増強し続け、北朝鮮は事実上の核保有国となり、プーチン大統領率いるロシアもかつての帝国の栄光を取り戻そうと威圧的な対外政策を進めた。

    アジアの安全保障環境は大きく変わろうとしていた。

    一方、国力が相対的に低下しつつあった米国は、オバマ政権のころから同盟国に自助努力を求める傾向を強めていた。

    そして米国第一主義を掲げるドナルド・トランプ氏が17年に大統領に就任すると、自由主義陣営の盟主という役割を放棄し、アジアを俯瞰(ふかん)的にみることがなくなった。

    武器を売りたい米国

    旧ソ連と1987年12月に締結したINF(中距離核戦力)全廃条約が失効(19年8月)した今、米国が中国を念頭に中距離核戦力を日本に配備するのではないかとの見方があるが、拓殖大学海外事情研究所所長の川上高司教授はその可能性は低いとみる。

    「日本に置くことで、米国は逆に巻き込まれる恐れがあると考えているのではないか」と、川上教授は言う。

    本稿執筆時点で結果は出ていないが、11月3日の米大統領選で民主党候補のジョー・バイデン氏が当選したとしても、トランプ大統領を生んだ米国社会の孤立主義は変わらない可能性が高い。

    米国が日本の敵基地攻撃能力保有に反対することはもはやないと、政府関係者はみる。

    「米国が日本を脅威とみなす感じはまったくない。国防総省、国務省には戦略的なアジア担当の高官も見当たらない」と、同関係者は言う。

    「日本が北朝鮮や中国、ロシアに対抗しようとして、武器を買ってくれれば米国は満足なのではないか」。

    (佐藤純之助・ジャーナリスト)

    (本誌初出 盾か矛か 日米安保新潮流 変容する専守防衛 攻撃能力強化に転じた日本=佐藤純之助 20201124)

    インタビュー

    週刊エコノミスト最新号のご案内

    週刊エコノミスト最新号

    12月8日号

    もうかるEV(電気自動車)、電池、モーター14 「電動化」が業績・株価を左右 「次の勝者」探しも活発化 ■神崎 修一/桑子 かつ代/斎藤 信世16 巨人の焦り トヨタから「自動車」が消える日 ■井上 久男18 自動車部品 日本電産が台風の目に ■遠藤 功治20 図解 EV用電池「国盗り物語」 ■編集 [目次を見る]

    デジタル紙面ビューアーで読む

    おすすめ情報

    最新の注目記事