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週刊エコノミスト Online ワイドインタビュー問答有用

ビジネスコンテストを総なめ!NTT東など企業がぞくぞく導入する「リモートワーク用分身ロボット」の凄さ

「現実社会というプラットフォーム上に居場所を確保できるようにしたい」 撮影=蘆田剛
「現実社会というプラットフォーム上に居場所を確保できるようにしたい」 撮影=蘆田剛

離れた場所にいる人が、その場にいるかのような分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」。

開発者の吉藤オリィさんは、かつて3年半の不登校も経験していた。

(聞き手=村田晋一郎・編集部)

「“分身”で外出困難な人の孤独を解消したい」

「体を動かせなくなった時、人はどうやって生きていくか。その準備を今からやっていく」

── 開発した分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」が今、企業向けのリースなどで約600台稼働しているそうですね。

吉藤 もともとは障害があって外出が困難な人や不登校の生徒向けの“孤独”を解消するために開発したロボットですが、最近はテレワークでの利用が圧倒的に多いです。

ただ、最近といっても新型コロナウイルス禍の前からテレワークの需要は伸びていました。

例えば、NTT東日本に40台を導入してもらっていますが、育児中の女性の利用が多いですね。

── どんな使われ方をしているのですか?

吉藤 自宅にこもって子育てをしているお母さんたちは、ずっと子どもの相手をするストレスのほか、人と会話をする機会も減り、孤独を感じています。

会社から離れている時間が長くなると、疎外感を感じて会社に戻れなくなって辞めてしまうことがあります。

そこでオリヒメを使って、育児休暇ではなく、自宅で1日数時間でも可能な範囲で働いてもらい、社内の会議にも参加してもらうんです。

育児中のお母さんたちも、オリヒメで会社の仲間とつながることで一体感が維持できますし、会社としても優秀な人が辞めることがなくなり、お互いに良い効果が得られています。

 オリヒメは高さ23センチの据え置き型ロボット。離れた場所にいる人が、あたかもその場にいるかのように感じられる“分身”だ。入院中の人が自分の分身として家庭に置いてもらったり、在宅勤務をする人の分身としてオフィスに置いたりし、本人は離れた場所からパソコンやスマートフォンなどで操作。操作端末の画面にはオリヒメのカメラ映像が表示され、オリヒメ内蔵のマイクやスピーカーを通して周囲の人と会話ができる。 ポイントはオリヒメの首や両腕が動くようになっていて、離れた場所にいる人が操作可能なこと。操作者の感情が伝えられ、オリヒメの周囲にいる人も操作者がその場にいると感じられるから不思議だ。もう一つの工夫は軽さで、オリヒメは重さ660グラム。分身を連れて歩いてもらえれば、会議の席や旅行などにも離れた場所から参加することができる。

心を運ぶ“車椅子”

タブレット端末でオリヒメを操作 オリィ研究所提供
タブレット端末でオリヒメを操作 オリィ研究所提供

── オリヒメ開発の出発点は高校生の時の体験だそうですね。

吉藤 高校3年生だった2005年5月、米国で開かれた「ISEF」(国際学生科学技術フェア=半導体大手インテルが主催する高校生を対象とした科学研究の世界大会)に参加した時、米国の高校生が「自分はこの研究に一生を捧げる」と言っていたのが格好良く見えました。

私は当時、電動車椅子を開発してはいたものの、将来の明確な目標はなく、本当は何をしたいのかを自問自答するようになりました。

── その後、どんな気付きがあったのですか。

吉藤 ISEFの後、高齢者から身近な不便を解消するものを作ってほしいという声が多く寄せられるようになりました。

高齢者の話を聞いて分かったのは、物理的に動けないという問題はあるけれど、それ以上に自分は誰からも必要とされていない、独りぼっちな気がする、離れて暮らす子どもに毎日電話するのは気が引けると感じている。

つまり、自分の居場所がなくて孤独だという感覚を多くの人が持っていたのです。

── オリヒメ開発のコンセプトは当初からあったのですか。

吉藤 最初は孤独の癒やしになるパートナーロボットを作ろうと、高校卒業後に編入した高専では人工知能(AI)の研究をしました。

しかし、孤独を解消できるのは結局は人との付き合いであり、AIを搭載したロボットを作って話せるようになったとしても、おそらく孤独は解消されないと考えました。

そこで、早稲田大学に進み、人とのコミュニケーションを円滑にするツールとしてのロボットの開発を進めました。

── それがオリヒメだと。

吉藤 インターネットやオンラインゲームも居場所を作るのにはいいですが、自分がそうしたプラットフォーム上にいなければ、人とはコミュニケーションが取れません。

ここに私は違和感があり、現実世界というプラットフォームに参加するためのツールを作ることが重要だと考えました。

体を物理的に運ぶことができない人が存在する以上、その人の心を運ぶ車椅子を作ろうというのが、オリヒメのもともとのコンセプトです。

“孤独”は吉藤さん自身の生い立ちとも重なる。幼少期は工作や折り紙が得意な一方、人とのコミュニケーションが苦手で、小学5年から3年半は不登校に。劣等感にさいなまれ、さらに人を遠ざけていく「孤独の悪循環」を経験した。転機になったのは、中学1年で母親が申し込んだロボットコンテストへの参加。プログラミングやものづくりの面白さに目覚め、人との関係を少しずつ築きながら孤独の悪循環から脱出していった。

 ものづくりへのいちずな思いは早くから結実する。奈良県立王寺工業高校時代には、段差を上がりやすくする電動車椅子のタイヤホイールを開発し、04年の「高校生科学技術チャレンジ」(JSEC)で最高位の文部科学大臣賞を獲得。その世界大会であるISEFでは、日本勢で初のエンジニアリング部門3位に輝いた。「ないなら、つくる」が吉藤さんのモットーだ。

自分だけの「研究所」

── どうやってオリヒメの開発を進めたのですか。

吉藤 07年に大学入学後、1年生のうちに興味がある研究室をすべて見て回りましたが、私が考えていることをやれる研究室がなかったので、09年に自分で研究室を作ることにしました。

それが今の会社の前身になっています。

奨学金はすべて開発費に充て、親にも借金しました。

ただ、10年7月にオリヒメが完成してからは、片っ端からビジネスコンテストに出て優勝し、その賞金を開発費に投じていけるようになりました。

── 最初は二足歩行タイプも試したそうですね。

吉藤 二足歩行タイプが売れるとは思いませんでしたが、最初のモデルは私自身の分身でもあるので、ある程度歩けるようにしたいと足を付けていました。

また、足の組み方で性格も表現できるので、その役割も期待しました。

ただ、分身のロボットと対面する周囲の人が、相手が今、どんな感情なのかを想像するほうがコミュニケーションが取りやすいと考え、足を外して据え置き型にしました。最初は腕すら外していたんですが……。

── 腕を復活させたのは?

吉藤 一緒に開発を進めてきた番田雄太という親友が、「手を動かすことが人間を人間たらしめる」と言い、腕を復活させることにしました。

彼は4歳で交通事故に遭ってからずっと寝たきりで、手を動かすこともできませんでした。

3年前に容体が急変し亡くなってしまいましたが、彼の強い要望もあってオリヒメの腕を復活させたのは正解だったと思います。

── 顔のデザインはどう工夫したのですか。

吉藤 モチーフはいくつかありますが、分かりやすいものでは能面を意識しました。

初めは操作する人の顔をモニターに映していましたが、モニターだとオンラインのテレビ会議のような感じになってしまい、操作する人がその場にいないことが前提になります。

その人がそこにいると感じられることが重要で、周りの人の想像力を引き出せるように現在のような顔にしました。

── オリヒメの操作では、同意を示す「大きくうなずく」や、否定を表す「首を横に振る」のほか、相手の会話に「片手でツッコミをいれる」など12種類のジェスチャーが設定されています。ただ、怒るなど負の感情を表すジェスチャーはありませんね。

吉藤 負の感情は周りの人が想像するようになっています。

我々は怒る時にはあまり手を動かさないので、オリヒメも手を動かさないほうが、真剣味が伝わります。

また、オリヒメを使うと意外と怒る気になりません。

オリヒメ越しだと、感情的にならないという利点があるので、怖い人にはオリヒメを使ってもらったほうがいいかもしれません(笑)。

「オリヒメD」を実験

 吉藤さんの通称「オリィ」は、折り紙が得意なことから大学時代に付いたニックネーム。大学時代に一人で立ち上げた研究室の名前が、そのまま現在の社名「オリィ研究所」にもなっている。オリヒメには「オリィ」に「離れていても会いたい人に会えるように」という意味を加えた。18年には高さ120センチの自走式ロボット「OriHime−D(オリヒメD)」を開発し、小売店などの接客業務での活用を探っている。

── オリヒメDを開発した狙いは?

吉藤 オリヒメDもオリヒメと同様、離れた場所にいる人が操作するロボットです。

学校に行けない人や働くことができない人たちからすれば、学校や職場は憧れ。働いて誰かの役に立ちたい、誰かに喜んでもらえる自分でありたいと思っています。

オリヒメはそういう人たちのためのツールであって、完全に自動で動くロボットではありません。

分身ロボットカフェの実証イベントで接客するオリヒメD オリィ研究所提供
分身ロボットカフェの実証イベントで接客するオリヒメD オリィ研究所提供

── 現在は完全に自動で動くAI搭載のロボットが簡単な接客もできるようになっています。

吉藤 ロボットが優秀になって人間より低コストで仕事をこなすようになると、経営者にとっては人件費を削減できていいのかもしれません。

また、我々が合理的なことしかやりたくなくて、すべてを自動で済ませたいのならば、自動販売機や無人のコンビニでもいいでしょう。

しかし、人間にとってはコミュニケーションが欠かせないものであり、オリヒメで人が接客する需要は必ずあると思っています。

── オリヒメDは今後どのような展開を考えていますか。

吉藤 今はカフェで接客させるイベントを開催するなど、いろいろな実験をしています。

オリヒメDはあくまで研究機であり、販売目的ではありません。

実験を通して、接客業務に最適な機能は何かなどを検証している段階です。

その人が必要とされる人間になるために、頑張りたい人が頑張れるためのツールを作りたい。

重要なことは、本人が社会に参加しているという実感を得ることです。

── 少子高齢化が進んでいますが、オリヒメが広く使われるようになれば、高齢者も社会参加を続けられますね。

吉藤 現在の日本は健康寿命(心身ともに自立し、健康的に生活できる年齢)が73歳前後で、平均寿命は80代前半。

つまり、高齢者は治ることのない体と付き合いながら、10年は生きていかなければいけない。

そして体を動かすことができなくなった時、人と会わなくなると気力も低下し、自分を頼る人を失った時に生きがいがなくなっていきます。

私は孤独がうつや認知症の原因になると思っています。

不登校で引きこもっていた中学生当時の私ですら、孤独によって体が弱くなり、意味もなく徘徊(はいかい)することもありました。

もう同じ経験はしたくありません。

外出困難になった高齢者は我々の先輩であり、我々も30年後、40年後にそうした状況に直面します。

その時にどうやって生きていくかの準備を、今から先輩たちと一緒にやっていきたいと思います。

(本誌初出 「ないなら、つくる」=吉藤オリィ・ロボットコミュニケーター/820 20201208)


 ●プロフィール●

吉藤オリィ(よしふじおりぃ、本名:吉藤健太朗)

 1987年生まれ、奈良県出身。小学校5年生から3年半、不登校を経験。県立王寺工業高校時代に電動車椅子の新機構の発明に関わり、2004年高校生科学技術チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞、翌05年のインテル国際学生科学技術フェア(ISEF)でエンジニアリング部門3位。高専を経て早稲田大学創造理工学部へ進学し、10年に分身ロボット「OriHime」を開発。12年に株式会社オリィ研究所を設立。16年に同大学を退学。

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