週刊エコノミスト Onlineワイドインタビュー問答有用

日食ハンター=辻村幸子・アマチュア天文家/819

「月と地球の存在を体感できる日食は最高の天体ショー」=自宅観測ルームで
「月と地球の存在を体感できる日食は最高の天体ショー」=自宅観測ルームで

 日食は地球と太陽の間に月が入り、太陽を隠す現象だ。その神秘の魅力に取りつかれた辻村幸子さんは、日食を追い求めて世界中を駆け巡ることに人生をささげている。

(聞き手=冨安京子・ジャーナリスト)

「五感に迫ってくる日食は、宇宙の神秘そのもの」

「37年間で41回の日食を観測。世界中にいる仲間と交流し、『快晴!』が合言葉です」

── 今年は12月15日にアルゼンチンなどで皆既日食が見られるそうですね。

辻村 観測に行くのを楽しみにしていたんですが、実際に行けるかどうかは新型コロナウイルスの動向次第ですね。6月21日にチベットと台湾で見られた金環日食も、新型コロナの影響で観測遠征を見送らざるを得ませんでした。そのため、予定していた遠征費用が計100万円ぐらい浮いています。だから、条件さえ整えばいつでも、どこへでも出かけられるんですけど。

── これまで、どれぐらい日食を追いかけてきたのですか。

辻村 37年間で41回の日食を30カ国で体験しています。すべての皆既日食や金環日食を観測したかったんですが、2001年の米同時多発テロ直後は金環日食の観測をとりやめました。せっかく現地に行っても天気が悪くて見られなかったことも6回あります。仕事にぶち当たって行けなかったこともありました。

── 最も印象的な日食は?

辻村 一番は、2017年のチリでの皆既日食。月はクレーターが多く、その縁がでこぼこしています。あの時の日食では太陽光がそのでこぼこの隙間(すきま)からビーズのように輝いて見えました。すごく珍しい「ベイリービーズ現象」というんですが、それをカメラでもキャッチできた時は興奮しました。また、皆既日食の時に起こる「シャドーバンド」という現象も、別の観測の際に何度も目撃しました。建物の白い壁や地面に、大気と太陽光の相互作用で起こるさざ波のような淡い縞(しま)模様が揺らぐ現象で、太陽が地球の空気に影響を及ぼしているんだと、鳥肌が立つような感動を覚えますね。

プラネタリウム通い

 太陽が月によって隠される日食。部分的に太陽が欠けて見える部分日食は、毎年のように地球上の各地で見られるが、太陽のすべてが月によって隠される皆既日食や、月の周りに太陽がはみ出すことで光り輝く輪のように見える金環日食は数年に1度しかやってこない。それも、見られるのは地球上のごく限られた地域だけ。辻村さんはそうした日食を求めて世界各地を飛び回る「日食ハンター」の一人だ。

── 「遠征七つ道具」があるそうですが、どんなものですか。

辻村 望遠レンズ、広角レンズ、カメラ、そしてカメラのタイマーのリモートコントローラーですね。今は機材がデジタル化してほぼ無制限に撮影できるので、フィルムカメラだった時代と比べてずいぶん楽になりました。ただ、天気がいいかどうか気がかりで、胃が痛くなるような時もあり、緊張と心配の連続です。

── 日食に興味を持ったきっかけは?

辻村 日食にいきなり興味を持ったのではなく、まず星や銀河など宇宙全体に興味を持ちました。4歳ごろだったでしょうか。小学生になるとお小遣いをため、専門誌『天文ガイド』や『天文と気象』などを定期購読。埼玉県川越市にあった自宅から東京・渋谷にあった天文博物館「五島プラネタリウム」へ、2歳違いの弟を連れて、通い詰めていましたね。

 高校時代は地学部に所属して、途絶えていた太陽の黒点観測を復活させ、文化祭ではプラネタリウムの解説を担当したり。ただ、大学に進学するかどうかは結構迷いました。天文の道を極めるには東京大学や京都大学、東北大学の理学部に進学するしかないと。でも、どこもレベルが高過ぎるので断念し、ならばいっそアマチュアで天文の道を進もうと決めたんです。

地球だけの“特権”

── 地学や理科の教師になる道もあったと思いますが……。

辻村 当時はなにしろ一直線の性格でしたから、そうした選択が視野に入っていませんでした(笑)。そこで、高校卒業後は地方公務員になって埼玉県庁に入り、給料をためて老後は天文三昧の日々を送ろうと決めたんです。早速、初ボーナスと貯金の計24万円をはたいて、口径8センチの鏡筒を赤道儀(天体の移動に合わせて追尾可能な架台)に搭載した天体望遠鏡を購入し、準備を始めました。

── 仕事と日食ハンターの両立には神経を使ったのでは?

辻村 県庁では高校の事務が仕事でした。日食は起きる時期が事前に分かっているので、有給休暇に加えて休日出勤の代休を充てたりして、やり繰りを工夫しましたね。職員向けの広報誌に「趣味は日食観測」と書き、日食の画像も載せてそれとなく自己PRもしていました。在職中は55歳支払い開始の個人年金保険を掛け続け、昨年3月に早期退職した今は年収ゼロですが、年金保険と貯蓄を崩しつつ遠征の費用を工面しています。

── 最初に日食を見たのは?

辻村 1983年6月11日は忘れもしません。『天文ガイド』主催の観測ツアーに参加してインドネシアに行きましたが、とにかく驚きの連続でした。世界中から集まった天文ファンの望遠鏡が林立する中、日食が始まるとどっと歓声が沸き上がり、一斉にカメラのシャッター音が鳴り響きました。見る間に薄闇が広がり、気温はぐんぐんと5度も低下したんです。何と表現していいか……、目の当たりにした日食は、理性と人知を超えた荘厳な天体現象。刻々と欠けていく太陽の姿から、月と地球の動きを肌で感じ取ることができました。

 太陽、月、地球は約18年周期(サロス周期)でほぼ同じ位置となり、月の直径は太陽の約400分の1、地球の約4分の1の大きさだ。その月がぴったり太陽を覆い隠せるのは、月と地球の間の距離が、地球と太陽の距離の約400分の1のため。木星や火星にも月のような衛星はあるが、サイズと距離の関係から皆既と金環両方の日食が見られるのは地球だけの“特権”だ。辻村さんは「もちろん理屈では分かっているけれど、知識のすべてがすっ飛んでしまうほど、五感に迫ってくる宇宙の神秘はすごい」と、日食の魅力に取りつかれている。

みなかみ町へ移住

── 辻村さんのような「日食ハンター」は世界中にいるそうですね。

辻村 イタリアの70代男性日食ハンター、ブラジルの50代の夫妻とは、あちこちの日食の現場でよく会いました。そのほかにも、メールで画像や情報を共有する仲間が世界に散らばっています。今は新型コロナ禍で遠征ができないので、オンラインで情報交換を兼ねて旧交を温めています。実際に日食の観測地で会った時はいつも、「◯◯(日食地の地名)は快晴!」を合言葉に乾杯するんですよ。

── 太陽は私たちにも身近な存在ですが、コロナ(太陽上空の高温の大気層)の中で何が起きているのか、またフレア(太陽表面の爆発現象)のメカニズムなど、まだまだ解明されない謎が多いんですよね。

辻村 ひと昔前は、コロナの観測画像などを通して、専門家に協力する機会は多かったと思います。でも今は、日本の太陽観測衛星「ひので」や「ようこう」、NASA(米航空宇宙局)の「ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリー」などが宇宙空間から太陽を詳細に観測し、専門家はそれらのデータを使って太陽の謎に迫っています。地上からの日食観測自体は今、ほぼアマチュア天文家の領域で、アマチュアが撮影した画像が『天文ガイド』などの専門誌を飾ることも多いですね。私の写真も何度か誌面に載ったことがあります。

── 美しい空を求めて群馬県みなかみ町に移住したそうですね。

辻村 移住したのは02年暮れ、41歳の時です。実は、若いころから一つの夢を温めていました。それは、歳を取ったら自宅で、天文好きの友人たちと一緒に日食を観測したいという夢です。日本でこれから見られる日食を調べていたところ、みなかみ町で12年5月21日に金環日食が、35年9月2日午前10時ごろから2分30秒くらいの皆既日食が見られることを知りました。

 日食のうち、中心食(太陽と月の各中心を結んだ線が地表に到達して起きる日食で、皆既日食と金環日食がこれに当たる)は、地球上の1点に限定すると350~400年に1度の割合で見ることができます。35年の皆既日食はその希有(けう)な機会。360度視界の開けた広い庭付きの中古の2階建てを購入し、両親とともに移住して早期退職するまで新幹線通勤しました。父は3年後に他界したので、今は母を介護しながら、2人で暮らしています。

── 早期退職後はどんな生活を?

辻村 谷川岳(群馬・新潟県境)で展開中の「天空のナイトクルージング」(みなかみ町観光協会主催)などで、観光客に星空の魅力を伝える星空ボランティアガイドを務めています。本当なら、ガイド募集が始まった10年ほど前に応募して活動を始めたかったのですが、仕事との両立が難しく、その時は断念しました。

写真集の「夢」

 群馬県最北端のみなかみ町。群馬、長野、新潟県境にまたがる上信越高原国立公園など一帯は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)によって「みなかみユネスコエコパーク(生物圏保存地域)」にも認定されている。この星々がよく見える町で、辻村さんは自宅に観測ルームも設置して“相棒”の望遠鏡を収め、気象情報をチェックしながら星雲などの撮影に臨んだり、ガイド解説の準備をする日々だ。

── 今年の星空ガイドはいかがですか。

辻村 谷川岳ロープウェイの天神平駅付近で開催している今秋の「天空のナイトクルージング」は、10~11月に全10回の予定で実施しました。昨年は1日1000人を超す時もありましたが、今年はコロナ禍で1日400人限定の事前予約のみとなってしまい、とても残念です。それでも、今年は若いカップルや熟年の夫婦、家族連れも多く参加してくれ、一緒に星空を楽しめました。今年は12月21~22日、木星と土星が見かけ上、20年ぶりに大接近します。12月14日にはふたご座流星群も見られるので、話題は尽きませんね。

── これからやってみたいことは?

辻村 日食仲間とは観測報告書を収めたCDを出しているので、これから日食を撮影してみたいと考えている人の役に立てればうれしいです。それから、天体写真集を1冊、出したいかな。高校生の時に読んだ天体写真家・藤井旭さんの『星の旅』、アマチュア天文家・斉田博さんの『おはなし天文学』(全4巻)といった本にすごく影響を受けましたし、今もその知識は役立っています。

 特に藤井さんの本には、望遠鏡とカメラを片手に世界を巡り、空を見上げる人生を貫いた話が書かれていて、自分がまさか同じ生き方をすることになるなんて夢にも思いませんでした。日食を追っかけていたら結婚するひまもなかった、というのが正直なところですが、自分で選んだ人生なので後悔はありません。ですから、私も1冊、ぜひ出して、天文好きな若い人たちに、空の魅力やこんな生き方もあるということを知ってもらいたいですね。(ワイドインタビュー問答有用)


 ●プロフィール●

つじむら・ゆきこ

 1961年4月生まれ、東京都出身。父親の転勤のため埼玉県川越市で育つ。80年県立川越女子高校卒業後、県庁職員となる。83年から日食観測を始めて世界を巡り、40回以上の日食を観測。「女性日食ハンター」の先駆け的存在。星空宇宙検定2級。現在は群馬県で「星空ボランティア」などを務める。

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