国際・政治 霞が関クライシス
なぜ「愚かなコロナ対策」が実施されてしまうのか?「思いつきレベルの政策がまかり通る」「経産省には実は仕事がない」前川喜平氏が激白する霞が関の実態
「Go Toキャンペーン」の推進と停止、「勝負の3週間」のステーキ会食&ガースー発言、緊急事態宣言発令をめぐるドタバタ劇……。
菅政権の混乱ぶりに嫌気がさしたのか、直近の政権支持率は軒並み不支持が支持を上回る結果となった。
なぜ、どうして日本政府はこんなにダメダメになってしまったのか?
官邸の権力争い、経産省の実態、菅政権の「官僚支配」まで、元文科省事務次官として霞が関の表とウラに精通する前川喜平氏に聞いた。
官邸官僚の「エイヤッ!」が愚策を生む
前川 中堅若手の心ある官僚にとっては依然、「受難の時代」が続いています。
安倍前政権と、続く現在の菅政権では、専門的な知見をもった「司司」(※)が、省内のみならず関係省庁や現場とも侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしながら、全体の利益になるよう制度設計をするという、まっとうな政策立案がしにくくなっているからです。
第2次安倍政権になると、外交・財政・農政・教育……と本来、各省が専門的に扱う政策について、官邸や内閣官房、内閣府といった政府中枢にいる「官邸官僚」から、“思いつきレベル”の企画が降りてくるようになった。
しかもそれらは、ほとんど結論が決まっていて、司司はちゃんと検討する余地なく進めることを強いられてきたのです。
(※ つかさつかさ。担当分野に精通する各省庁・各部署の官僚。)
――中枢にいる官僚が思い付きを、ですか?
前川 ええ、彼らは必ずしも、各分野にわたって専門知識や実態、経緯を踏まえているわけではないので、勢い、素人のような筋の悪いことも言い出すのです。
記憶に新しいところでは、コロナ禍を受けて実施した学校の「全国一斉休校」が典型です。
官邸官僚は、思い切った策を打ち出して、当時下落ぎみだった内閣支持率の回復を狙ったのでしょうが、「一斉」なんて、まったくの愚策だったとしかいいようがない。
学校行政の司たる文部科学省の役人なら、ちょっと考えただけでも、
「そもそも安易な休校要請は、憲法26条の教育を受ける権利の侵害だ」
「休校中の子どもの面倒は誰が見るのか」
「休校になって給食がなくなったら、昼食を用意できない貧困家庭の子どもは栄養不足になる」
といった問題に気づくはずです。
それゆえ、「感染例がない地域の学校にまで、むやみに休校要請するのは間違いだ」と判断がつきます。
けれど官邸官僚は、専門的な知見を欠くだけに問題点がみえず、エイヤッとやってしまう。
官邸官僚の代表格で、首相補佐官兼秘書官だった今井尚哉氏が安倍晋三前首相に進言してしまったのです。
声は大きいが実は仕事がない? 「経産省」の実態
――う~ん、まずいですね。官邸官僚とは、いったいどのような人たちなのですか?
前川 官邸官僚という存在は安倍2次政権で出現しました。それには、2つの系統があったのをまず押えてください。
そのうちの1つが、安倍氏の周りを固めていた経済産業省出身組の「安倍前首相側近系」です。
思い付きで政策を打ち出して、首相に吹き込む一方、各省に「やれ」と指示を出していたのは彼らです。
具体的には、今井氏のほか、首相秘書官だった佐伯耕三氏、首相補佐官兼内閣広報官だった長谷川栄一氏といった面々ですね。
まあ、もともと経産官僚というのは、「他省の仕事に口を出す」体質の人たちなのです。
というのも、産業政策で「日本株式会社」を誘導する時代はもう過ぎ去っているので、それを担っていた経産省の本体って、所帯は大きいままだけど、実は仕事がなくなっているのですよ。
60年代の『官僚たちの夏』のころの“通産省の栄光”はもうない。
すると彼らはどうするか。とかく他の役所の仕事に口を出そうとする。
「産業政策の観点から大学政策を」とか、「産業政策としてスポーツ行政を考える」などと、産業政策という観点にかこつけて他省の領域にからんでこようとするのです。
これは、経産省以外の霞が関の人間なら、異口同音に言うでしょう。
このように口を出すのが習い性になっている経産官僚が、今度は官邸に入って首相の威光を身につけたのです。
こうなるともう、本来各省が立案すべき分野の政策だってどんどん仕掛けてくる。
外交まで仕切ったあげく、首相に恥をかかせる
――なるほど。コロナ対策では、先の一斉休校のほか、やはり素人の思い付きのような「布マスク(アベノマスク)の全戸配布」も官邸官僚発でしたね。
前川 はい。それから、一部の知事らが言い出したことに乗っかって、いったんは安倍前首相も前のめりになった「9月入学」もそうでしょうね。
所管の文科省では、臨時教育審議会が1987年の最終答申で9月入学を提言して以来、過去に何度か検討した結果、小中学校の9月入学への移行オペレーションは相当困難だ、と結論が出ているのに、やはりそうした知見を踏まえずに拙速に進めようとした。
幸い、自民党の馳浩氏など、一部のまっとうな文教族議員が党内を慎重論でまとめるなどして話はついえましたが、もし突っ込んでいたら、教育現場はオペレーションを無理にこなさなければならず、悲惨なことになっていたでしょう。
官邸官僚はコロナ以外でも、例えば外交分野で、対米、対露、対韓、対北朝鮮と主要外交を主導し、首相に方針を振り付ける一方、外務省に下受け的な実務をやらせていました。
でも、官邸が看板に掲げた「ロシアからの北方領土返還」も「北朝鮮による拉致問題の解決」も、ともに大失敗に終わった。
首相はへたに振り付けられて、プーチン大統領へは「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」などという台詞を口にしたり、滑稽でさえありました。
この間、外務省のまっとうな官僚は苦々しい思いを抱き続けていたはずです。
学術会議の任命拒否も当然? 人事権はすでに濫用されていた
――なぜ各省は、愚策と分かっていても押し返せないのでしょうか。
前川 菅義偉官房長官(当時)と、官邸官僚のもう一方の系統である「菅氏側近系」が、各省幹部の人事権を握って、“強引人事”を行ったからです。
その結果、局長や次官といった幹部が、のきなみ「官邸迎合官僚」「官邸忖度官僚」になっているのです。
従来、官僚の人事は、各省が自律的に決めていたのですが、安倍2次政権発足後の2014年に、審議官以上の幹部人事を一元管理する内閣人事局が内閣官房に設置されました。
この権限もあって、菅氏は、側近の杉田和博・官房副長官(警察庁出身)や国土交通省出身で一匹狼のような和泉洋人・首相補佐官らに支えられて、人事権を振るいまくったのです。
司としての責任感から、政策の問題点を指摘してくるような人間は、「こいつはどうも言うことを聞かない」と、各大臣が了承した人事案でもひっくり返して閑職へはじきだした。
一方で、素直に言うことを聞く人間を、もっと有り体にいえば、「(官邸のために)黒を白といえ」と言えば「白です」と言ってくれる人間を重用していったのです。
このときに特に暗躍したと思われるのが和泉氏です。
霞が関に広く人脈を張っている彼が、官邸のために動いてくれそうな人間を、杉田氏や菅氏に上げていったのだと思います。
そして、菅氏一派は現在も引き続き、人事をグリップしています。(構成・山家圭)
▽前川喜平(まえかわ・きへい)
1955年生まれ。東京大学法学部卒業。79年文部省(当時)入省。文部科学省官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官などを経て、2016年文部科学事務次官。17年退官。著書に『面従腹背』(毎日新聞出版)、『この国の「公共」はどこへゆく』(共著、花伝社)など。
▽山家圭(やまが・けい)
1975年生まれ。フリー編集者。社会保障専門誌の編集記者(厚生労働省担当)を経てフリーに。