「桜を見る会」手のひら返しの検察捜査は安倍氏を従わせる「菅首相の権謀術数」なのか
安倍晋三前首相の後援会が毎年主催していた「桜を見る会」前夜のパーティー問題が再燃している。
安倍氏は参加費の補填(ほてん)を繰り返し否定してきたが、結果的にウソだった可能性が高くなり、与党内からも批判が起きている。
「冗舌さ」の裏で
安倍氏は辞任直後から、インタビュー、講演、集会、ゴルフ、会食に忙しく顔を出し、コロナ第2波の時とは打って変わって冗舌だった。
自民党内では
「3度目の首相登板もあり得る」
「会長として清和政策研究会(細田派)に復帰してもらおう」
との声まであった。
しかし、派手な活動の裏で秘書や後援会幹部は東京地検特捜部の事情聴取を受けていたのだ。
そうと分かってみれば、体調不良で退陣したにしては少しはしゃぎすぎと見えた存在感アピールにも、何か狙いがあったに違いない。
菅義偉首相は国会で「報道で捜査を知った。法務省・検察庁から事前の説明や報告はなかった」と答弁したが、真に受けることはできない。
東京地検は大学教授らが提出していた違法な資金補填の告発状を、1月と4月の2度、形式上の理由で送り返していた。
告発は口頭でも受理するのが原則である。
先送りしたのは、現職首相周辺の捜査に二の足を踏んだからに違いない。
そうでなくとも1~5月は、コロナ危機と並行して、黒川弘務元東京高検検事長の定年延長や検察庁法改正案を巡り、官邸・検察・世論が三つどもえでもめにもめていた最中である。
関係者によると、捜査を始めたのは10月、安倍氏が退陣した直後からという。
安倍氏は当然、察知したはずだ。
また、検察が菅首相に黙って着手するとは考えにくい。
官邸と検察の関係がギクシャクした後だけになおさらだ。
事件のレベルは格段に違うが、前首相に捜査が及んだ先例としてロッキード事件がある。
当時、三木武夫首相の秘書だった岩野美代治氏の詳細な回顧録と備忘録が本になっている(2017年と20年、いずれも吉田書店刊)。
三木は安原美穂法務省刑事局長(後に検事総長)から節目ごとに報告を受け、必要があれば説明を求め、積極的に意見も述べていた。
事件の中心は田中角栄前首相と早くから見定め、司法の独立性を尊重しながらも、行政府の長として積極的な捜査を支持していた。
三木の後押しが角栄逮捕の支えになった舞台裏が生々しく分かる。
菅首相は安倍氏を守ろうとしているのだろうか。
そうは見えないところが政局的な想像をかき立てる。
菅首相は官房長官として、安倍氏の虚偽答弁に沿った答弁をしてきた。
国会では次のように釈明した。
「私自身も前首相が国会で答弁された内容について首相に確認し答弁してきた。事実がもし違った場合には当然、私にも答弁した責任がある。そこは対応する」
虚偽の責任は安倍氏に押しつけ、自分は仕方なく付き合わされた限りにおいて訂正なり謝罪なりする、という意味か。
明らかに冷たく距離を置こうとしている。
法律専門家の見立てでは、事件は立件されても会計責任者や後援会幹部が罰金を科せられる程度で、過去の基準に照らせば不起訴でもおかしくないらしい。
安倍氏は「知らなかった」と言い張れば、直接指示した証拠でもない限り共犯に問われることもない。
まさに大山鳴動してネズミ一匹だが、とすれば世論の心証はなおさら悪い。
検察も「黒川問題」の不信を拭うには、中途半端な捜査ではかえって火の粉を浴びる。
黒川氏と検察トップの座を争う形になった林真琴検事総長は、自分を排除しようとした菅官邸に一矢報いようと、司直の筋を通すことで、就任時に強調した「政治と適切な距離を取る検察」を分かりやすく示そうとするかもしれない。
捜査を尽くしたと納得してもらうには、安倍氏本人の事情聴取が欠かせないと指揮する可能性はある。
政権は代わっても、今年前半の国政を揺るがせた官邸と検察の対立は、なお尾を引いている。
その場合、菅首相は黙認するのではないか。
国会答弁の冷たさはそうした展開を予感させた。
政治資金収支報告書の訂正や秘書への罰金で幕引きとなれば、検察審査会への申し立ては避けられない。
つまり、安倍氏には「桜のウソ」問題が当分つきまとう。
安倍氏を従わせる材料
辞任後の安倍氏は、自分の政権運営の正当性と今後の影響力保持をあけすけに訴え、早々と「次期衆院選で菅首相が勝てば(来年9月の自民党総裁選も)当然続投だ」(11月12日共同通信インタビュー)と語った。
ただしそれは、自分が影響力を持つ最大派閥の細田派を先頭に、複数の派閥が菅氏を支持した今年の総裁選と同じ構図を維持することが大前提になる。
安倍氏の自己アピールが、菅氏の再選をエサにした駆け引きなら、「桜のウソ」は菅氏が安倍氏と渡り合い、ついには従わせるための格好の取引材料になる。
石破茂元幹事長は派閥会長を降り、岸田文雄前政調会長の派閥も次期衆院選候補者公認問題で結束が乱れてきた。
内閣の看板政策を担う河野太郎行革担当相と小泉進次郎環境相は、菅首相と対決する名分がない。
コロナ対策や東京五輪強行開催の成否にかかわらず、菅氏再選に立ちふさがる「政敵」が次々と沈んでいく。
(伊藤智永・毎日新聞専門記者)
(本誌初出 「桜のウソ」の捜査と菅首相 “冷たい距離”ににじむ再選戦略=伊藤智永 20201215)