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教養・歴史 書評

『統計で考える働き方の未来 高齢者が働き続ける国へ』 評者・小峰隆夫

著者 坂本貴志(リクルートワークス研究所研究員) ちくま新書 880円

非正規の待遇は実は改善──データで通説を次々に覆す

 新進気鋭のエコノミストの本を紹介しよう。著者は、厚生労働省から内閣府に出向して経済財政白書の作成に参加した後、民間シンクタンクに転じたという経歴を持つ。評者も官庁エコノミスト出身なので、著者の経歴には親近感がある。エコノミスト界も、学界、官庁、民間企業などから、垣根を越えて人材が相互交流し、切磋琢磨(せっさたくま)してほしいと思う。

 本書の特徴は二つある。一つは、可能な限り統計的事実に基づいた議論を心掛けていることであり、もう一つは、世間に広がる常識的な見方に挑戦していることだ。この二つは相互に関係している。世間の常識的な考え方を統計的に確認すると、意外にその根拠があやふやであり、そこから隠れていた本当の姿が浮かび上がってくることがある。これこそが、エコノミストの仕事の醍醐味(だいごみ)だと評者は考えている。

 例えば、格差問題の鍵を握る非正規雇用について、筆者は、多くの人は自らが希望して非正規になっているのであり、非正規雇用の待遇は改善していることを明らかにしている。「非正規の働き方は、労働者のニーズに即したものに、少しずつかつ着実に進化を遂げている」というのが著者の診断である。

 また、近年では、ジニ係数、相対的貧困率、子どもの貧困率などの指標は格差の縮小を示していることも示される。これが見過ごされがちなのは、格差の拡大に比べて、格差の縮小はあまり注目されないという非対称性があるからだ。著者は「格差が縮小している時も拡大している時も、その背景を含めて正確な議論を行い必要な施策を講じていくことが重要」と説く。全くその通りだ。

 政府の政策に対する評価も、通説に惑わされずに独自の視点を貫いている。例えば、安倍晋三政権の下で繰り返し行われた賃上げへの介入については、多くのエコノミストは批判的だが、著者は「民主的な側面からも、理論的な側面からも、正当化されうる」としている。

 一方、政府の姿勢への率直な言及もある。例えば「就業意欲が高い高齢者のために雇用の機会を用意する」というのが高齢者雇用促進の政府の説明だが、これは建前だとする。霞が関の本音は、年金の支給開始年齢を引き上げざるを得ないことから、「国家のために人々に高齢になっても働いてもらわねば困る、ということに尽きる」のだと指摘する。

 異論もあるだろうが、本書によって、高齢社会の中での働き方のこれからの姿を改めて考え直してみることをお勧めしたい。

(小峰隆夫・大正大学教授)


 坂本貴志(さかもと・たかし) 1985年生まれ。一橋大学国際公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省で社会保障制度の企画立案、内閣府で「経済財政白書」の執筆などを担当した後、三菱総合研究所を経て現職。

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