経済・企業 日本車があぶない!
日本が水素社会にまい進する一方、アメリカで「FCVはダメ」と考えられているワケ
「テスラ」と「ニコラ」の明暗がわかれる
筆者は「燃料電池車(FCV)に未来はない」と考えているが、アメリカでもFCVメーカーが苦戦している。それがニコラ(Nikola Corporation:NKLA)だ。
世紀の物理学者にして「交流の父」とも呼ばれるのがニコラ・テスラ(1856-1943)。その苗字を社名に採ったのがイーロン・マスク率いるテスラであり、名前の方を採ったのがニコラというわけだ。
よく似た社名の2社だが、業績を見ると、完全に明暗が分かれている。
「明」はもちろん純粋EVの専業メーカーであるテスラで、今やその株式時価総額はGMの約11倍、トヨタの約3倍に達している。
中国勢からの激しい追い上げをうけてはいるものの、少なくとも当分の間はEV業界の盟主の座にあることは間違いない。
「暗」のほうがニコラだ。
2014年にトレバー・ミルトン氏によって創設され、主として水素燃料電池を搭載する各種トラックを開発している。
創業の地はユタ州ソルトレークシティだが、2019年にアリゾナ州フェニックスに移転した。
計画では、2021年から同州内の工場で生産を開始するということになっていたのだが、その計画達成は難しくなってきているようだ。
車種としては、これまでに7種類ほど発表されているが、代表格「Nikola One」はFCVトラックであり、「Nikola Two」は「One」をそのままセミトラック(トレーラー・ヘッド)化したものである。
それから、一時GMとの共同開発計画が発表されて有名になったピックアップトラック「バジャー」がある。
株式上場後に発覚した「さまざまな疑惑」
ニコラは現在、NASDAQに上場されているが、その上場にはSPACと呼ばれる手法がもちいられた。
ここでその詳細は省くが、要するに、あるターゲット会社(この場合はニコラ)の買収だけを目的とする会社(Special Purpose Acquisition Company:SPAC)を先に上場しておき、後から、ターゲット会社と合併し、合併後はターゲット企業の社名(ニコラ)に変えるという手法である。
こういう経緯を経て、ニコラという会社名で株式の取引が始まったのは2020年6月4日だった。
水素社会に期待する一部投資家の期待もあり、5日後の9日にその株価は2倍以上に上昇、一時93.99ドルという高値を付けた。
しかし、アメリカでは水素技術についてもともと懐疑的な見方が多い。ニコラ社で大口の契約がキャンセルされたことなどもあり、その後の株価は30ドル台までじりじりと低下した。
「絵に描いた餅」に過ぎなかったGMとの提携
低落基調の株価が大きく動いたのは2020年9月8日だった。
GMがニコラとの提携を発表し、「バジャー」やセミ・トラックの開発を支援する予定であることが発表された。
また、GMがニコラの株式の11%を取得し、取締役も任命することになっていた。
この提携話により、ニコラの株価は1日で40%も急上昇し50・05ドルにも達した。
筆者のところにも、証券会社の担当者から「ニコラ株急騰ですよ」という連絡が入ったが、筆者は「すぐに落ちますから」と応えておいた。
案の定、この熱狂は、「すぐ」どころか翌日には終わってしまったのだ。
高値で売り抜けようという注文が殺到したからだ。
なにしろ、提携はその時点ではまだ「話」だけで、実際の契約はなされていなかったのだから、無理もない話だった。
さらに、その後、ニコラ側で後述のような虚偽や不正が相次いで発覚し、GMとの提携話は一部を除いてほとんどキャンセルされてしまった。
当然株価も下がり続け、2021年1月14日の終わり値は、19.74ドルまで下落している。
アナリスト達からも「水素社会の可能性が不明確」「ニコラ株を保有するには覚悟が必要」等という厳しいコメントがなされている。
実は水素で走っていなかったニコラのFCV
さて、ニコラ側の虚偽・不正というのが、信じられないようなお粗末な話だった。
最初に発覚したのは、HPにアップされていた動画がトリックだったというもの。FCVトラック「Nikola One」が疾走する動画だが、実際にはモーターで走っているのではなく、坂道を滑降していただけだった。
この動画は直ちに削除されたが、株主や関係者があきれ返ったことは言うまでもない。
その次は、ニコラが重要な技術を持っていないのではないかという疑惑だ。
例えば、「ニコラ純正」といわれたインバーターが実は外部調達品だったことがわかっている。
インバーターは、燃料電池からの直流を交流に変え、モーターの出力を制御する重要部品だ。
他にも「嘘の洪水」と言われるほどの疑惑が続々と明るみに出て、ニコラは、2020年9月以降、詐欺などの疑いで証券取引委員会および法務省による捜査を受けている。
そんな中、9月20日には、創業者ミルトン氏が唐突に会長職を辞任し、混乱がピークに達した。
そもそも広大な国土に水素ステーション網を構築できるのか?
もちろん、ニコラの迷走ぶりが直ちに「FCVはダメ」という結論につながるわけではない。
しかし、そもそも、アメリカでは水素ステーションの整備について具体的な計画はない。広いアメリカ全土に、1カ所当たりの建設費が数億円もかかる水素ステーションを隈なく構築することは不可能だ。
同じことは中国にも言える。
EV用急速充電施設は1000万円以下で建設できるし、今後出てくる超急速充電施設でも数千万円程度だと言われている。
これくらいなら、ガソリンスタンドさえないような田舎町にも設置が可能だ。
もちろんEVは自宅でも充電できる。
EVの進化が加速する中、そうした面でもFCVの存在意義が薄れつつあることは間違いない。
村沢義久(むらさわ・よしひさ)
1948年徳島県生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院工学系研究科修了。スタンフォード大学経営大学院でMBAを取得後、米コンサルタント大手、べイン・アンド・カンパニーに入社。その後、ゴールドマン・サックス証券バイス・プレジデント(M&A担当)、東京大学特任教授、立命館大学大学院客員教授などを歴任。著書に『図解EV革命』(毎日新聞出版)など。