法務・税務

定年再雇用で給与を下げると「違法」になるかもしれないワケ

    働き手にとって、気になる再雇用後の賃金
    働き手にとって、気になる再雇用後の賃金

    定年退職時の基本給から6割を下回るのは、不合理な労働条件であるとして違法と判断した──。

    名古屋地裁が2020年10月に下した判決が、企業経営者や労務担当、労働組合関係者に衝撃を与えている。

    自動車学校の技能実習担当者が、定年退職後の再雇用の処遇の悪さを訴えた裁判の判断は、今後企業が定年退職者の再雇用の処遇を根本から考え直す契機になると同時に、年功型賃金体系が問われるきっかけにもなりそうだ。

    定年退職時の6割

    まず裁判の事案を確認しておこう。

    原告2人は自動車学校の技能実習などを担当。定年後も自動車学校の指導員として同じ仕事をしているのに、定年後再雇用後の賃金が正社員時と比較して低く、労働契約法20条に違反しているとして、損害賠償などを求めた。

    正社員の賃金構成は、表1の通り。

    一方で、定年後の賃金構成は表2のように変化した。

    基本給は、定年退職時の4割台で、皆精勤手当と敢闘賞が減額され、賞与に代わる一時金も大幅に減額されるなど、賃金総額は定年退職時の約6割となった。

    原告の訴えに名古屋地裁は、基本給について、被告企業の基本給は年功的性格を有しているとした上で、以下のような判断を下した。

    (1)正職員定年退職時と嘱託職員時で、その職務内容及び変更範囲には相違がなかったにもかかわらず、原告らの嘱託職員としての基本給は、正職員定年退職時と比較して、50%以下に減額されたこと、

    (2)その結果、年功型賃金で低く賃金が抑えられている若手正社員の基本給よりも低くなったこと、

    (3)労働組合などを通じて労使協議の交渉結果によるものではなく、労使自治が反映された結果であるともいえないこと

    を重視して、定年退職時の基本給から6割を下回る部分については不合理な労働条件であるとして違法と判断した。

    ほかの手当や賞与に関する判決は、表3の通り。

    年功部分を超える減額

    これまでの定年後再雇用と日本版同一労働同一賃金問題の裁判の中で、今回の判決が特徴的なのは年功部分について正面から言及したことである。

    本来、自動車学校の技能実習指導員であれば、各技能実習指導員の技能や実績で評価をして賃金が年齢に従って上がるということはないはずである。

    ところが、日本の会社組織の特徴として、長期雇用が年功的賃金につながってしまうというものが挙げられる。

    もっと具体的に言えば、能力も役割も実績も変わらない、むしろ年齢により次第に衰えている可能性があるにもかかわらず、じわじわと賃金が上がるのだ。

    しかし、このような年功的賃金を定年後も続けることはできない。

    そのため多くの企業では55歳などで役職定年になり、賃金カーブの上昇が止まり、60歳の雇用で年功型賃金が止まり、定年後再雇用で年功型賃金の年功部分を除いた賃金を適用することになる。

    すなわち、定年後再雇用問題は隠れた「年功型賃金」問題である。

    本件でも、「裁判所は正職員の基本給は、長期雇用を前提とし、年功的性格を含むものであり、正職員が今後役職に就くこと、あるいはさらに高位の役職に就くことも想定して定められているものである一方、嘱託職員の基本給は、長期雇用を前提とせず、年功的性格を含まないものであり、嘱託職員が今後役職に就くことも予定されていないことが指摘できる」として、定年後再雇用後は年功部分がなくなることを前提にしている。

    その上で、基本給が若年正社員の基本給よりも下がってしまうのは、年功部分を定年後再雇用から取り除くとしても、年功部分をはるかに超えて基本給を下げており、不合理であるとして違法と判断したのである。

    労使自治を重視

    本判決はしきりに「労使自治が反映されていない」という文言を用いている。

    賃金はさまざまな事情を踏まえて経営判断の下に決定するものであり、本来裁判所の判断になじむものではない。

    そのため、裁判所は労使での話し合いを重視する傾向が以前から強い。

    今後も、従業員や労働組合との話し合いがなされないで、仕事の内容などが変わらないにもかかわらず、定年後再雇用後の賃金を下げる場合は、会社に厳しい判断がなされるだろう。

    パート有期法9条が新設されて大企業は20年4月1日から中小企業は21年4月1日から施行される。

    いわゆる正社員と非正規の「均等待遇」とは、正社員と非正規雇用労働者とが、

    (1)職務内容(業務内容・業務に伴う責任の程度)と、

    (2)当該職務の内容及び配置の変更の範囲(人材活用の仕組み)

    が同一である場合には、非正規雇用労働者の待遇を、正規雇用労働者と比較して差別的な取り扱いをしてはならないというものである。

    これまでパートタイマーにのみ適用されたものが、有期雇用にも適用されることになり、法施行後は定年後再雇用においても問題になる。

    要するに、一定の要件を満たせば、定年後再雇用後も定年退職時と同じ賃金を支払わないといけないのではないかという問題である。

    名古屋自動車学校の事案も、本来はこの均等待遇の条文が適用される事案であったが、法施行前であるため適用されなかった。

    定年退職後も正社員時と同じ仕事を続ける人は、世の中に多数存在しており、賃下げも何となく受け入れてきたが、この条文によれば、同じ賃金を支払わないといけなくなるかもしれない。

    この論点については、いずれ多くの裁判例が出てくると思われる。

    今からでも遅くない。

    定年後再雇用の待遇については定年後再雇用の雇用契約書を締結するのみならず、労働組合や従業員代表との労使協議を行い、労使合意の上で実施することをお勧めする。

    (向井蘭・杜若経営法律事務所弁護士)

    (本誌初出 定年後再雇用基本給6割以下は無効 問題の本質は「隠れた年功型賃金」=向井蘭 20210126)

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