現金給付で貧困層を取り込む?「ブラジルのトランプ」ボルソナロ大統領が高支持率な理由
ブラジルで新型コロナウイルスが再拡大し始めた2020年11月、全土の市長・市議を選ぶ統一地方選(一部上院補選含む)が投開票された。
地元最大手紙『フォーリャ』によると、ボルソナロ氏が支持を表明した63人のうち、当選者は市長5人、市議11人の計16人。
躍進したのは、伝統的な中道寄りの政党の候補だった。
「地方選の最大の敗者は大統領」。『フォーリャ』は結果をこう総括した。
特に関心が高かったのは、最大都市サンパウロとボルソナロ氏の地元で第二の都市のリオデジャネイロの市長選だ。
サンパウロ市長選では、ドリア・サンパウロ州知事が支える中道右派の現職と、ボルソナロ氏が推す新人ら10人以上が立候補。
ドリア派とボルソナロ派がコロナ対策を巡って激しく対立したが、ボルソナロ派の新人は11月15日の第1回投票で4位に沈み、上位2位による決選投票にすら進めなかった。
リオ市長選では、ボルソナロ氏との関係が深い現職が、決選投票で中道右派の元職に敗退した。
選挙結果を左右したのは、新型コロナウイルスへの対応だ。
米ジョンズ・ホプキンズ大学によると、12月15日時点のブラジルの感染者数は約690万人、死者数は約18万人。
感染者数は米国、インドに次いで世界で3番目、死者数は米国に次いで2番目に多い。
ブラジルの感染動向を示す流行曲線は8月ごろから下落したが、11月に底を打って再び増加に転じた。ブラジルにおいてコロナ対策は最大の関心事だ。
コロナは「ただの風邪」
ボルソナロ氏は当初、コロナを「ただの風邪」と言い放ち、その後も経済を優先して社会活動の規制やマスク着用の効果を否定し続けた。
世界保健機関(WHO)はボルソナロ氏に対し、感染拡大防止に向けて積極的対策をとるようたびたび苦言を呈した。
だが本人は聞く耳を持たず、支持者集会にも頻繁に顔を出し、マスクをつけずに参加者と握手や抱擁を重ね、7月にはついに自身が感染して一時業務を離れることとなった。
連邦政府の無策に業を煮やした各自治体(州・市)のトップは、独自に経済規制などの感染防止策を講じ、ボルソナロ氏と激しく対立してきた。
世界最悪レベルの感染者が出ているサンパウロ市で7月、市民に政府のコロナ対応について聞くと、意見は真っ二つに分かれた
「大統領が言うように新型コロナはただの風邪だ。州知事が講じた規制のせいで、このあたりのレストランの多くが潰れた。こっちも客が減って大変だ」(61歳の男性タクシー運転手)
「大統領の姿勢は常にぶれずに一貫している。強い人間で、歴代最高の大統領だ」(41歳の男性自営業)
「一番、大切なのは人の健康と命。大統領はこれをないがしろにしている。態度を改めてほしい」(50歳の女性会社員)
「マスクをしないなど大統領が悪い見本だ。国のイメージまで悪くしている」(42歳の男性会社員)
マッケンジー大学のロドリゴ・プランド教授(政治学)は今回の地方選の結果について、「コロナの感染拡大を懸念する人々の票が、感染防止に熱心な中道系の候補に流れたのだろう」と分析する。
4年に1度の統一地方選は、同じく4年に1度の総選挙(大統領選、上下両院議員選、州知事選)と2年のずれがあり、「中間選挙」の意味合いを持つ。
過去を振り返っても、00年の地方選で左派・労働党が躍進すると、その2年後の大統領選で同党候補のルラ氏が勝利、「政界のアウトサイダー」と呼ばれる無名の候補の当選が目立った16年の地方選の2年後には、やはり政界の要職に就いた経験のないアウトサイダーのボルソナロ氏が大統領選を制した。
地方選と異なる結果
ボルソナロ氏は既存メディアへの露出に頼らず、SNS(交流サイト)で直接発信する「空中戦」を重視。
汚職が多発した労働党政権(03〜16年)の腐敗体質を厳しく批判し、景気低迷からの回復の道筋が見えない中、不満の受け皿となった。
今回の地方選の結果だけで判断するなら、ボルソナロ氏には既に当時ほどの集票力はないと考えられる。
だが直近の世論調査は、まったく違う結果を示した。
地方選直後の11月28日〜12月1日、有力週刊誌『ベジャ』の依頼により、22年の大統領選を想定した世論調査が実施された。
ボルソナロ氏は支持率トップで独走。候補者を入れ替えた三つの第1回目投票の想定すべてでボルソナロ氏は他候補を寄せ付けず、33〜36%の得票率で首位に立った。
決選投票でボルソナロ氏が5人の候補と対決した想定でも、45〜51%の得票率で圧勝した。
『べジャ』はこの結果を、「我々の想定と異なり、ボルソナロ氏の人気は依然として高い」と驚きを持って報じた。
主要調査会社ダッタフォーリャの12月の世論調査でも、ボルソナロ氏の支持率は37%と、就任以来の最高水準を維持した(図)。
他に有力な対抗馬が現れていないという事情はあるにせよ、ボルソナロ氏がここまで高い支持率を保ち続けているのはなぜなのか。
コロナ禍で、ブラジル経済は大きな打撃を受けた。4〜6月には約900万人が失業(ブラジル地理統計院の推計値)。国際通貨基金(IMF)はブラジルの20年の経済成長率をマイナス5・8%と予測する。
連邦政府はコロナ禍の緊急経済対策として20年4〜8月、低所得者を中心に全国民の約3分の1に当たる6600万人に生活支援金を支給した。
支給額は月600レアル (約1万2000円)で、ブラジルの平均月収3000レアルの5分の1に相当する。
政府は更に9〜12月にも、月300レアルを支給した。
「プレゼント」の支援金
ダッタフォーリャの調査に対し、受給者の36%が「支援金が唯一の収入」と回答した。
支援金は貧困層の間で「ボルソナロ氏からのプレゼント」と受け止められている。
サンパウロ市のスラム街に暮らし、一時、アイスクリームの行商が禁止された女性(62)は「支援金は決して十分とはいえない。それでも、生活がとても苦しかったので非常にありがたい」と政府を支持する。
経済界や富裕層を支持基盤としてきたボルソナロ氏だが、コロナ禍で困窮を深める「その日暮らし」の貧しい市民が、目の前の支援金によって政権支持に傾いている。
コロナ対応の問題によって目減りした支持を、貧困層が補っているとも考えられる。
ただ、ボルソナロ氏はもともと人々の生活支援に積極的だったわけではない。
当初、連邦政府は支援金の額を月200レアルに設定。国会で「少額すぎる」と非難が相次いだのを受け、支援の拡大が自身の支持率上昇につながると判断したボルソナロ氏が、支援金の積み増しと給付期間の延長に踏み切ったという背景がある。
支給が終了する21年1月以降、貧困層の支持者が離れるとの見方もある。
次期ブラジル大統領選まであと2年。再選を狙うボルソナロ氏は、このまま逃げ切るのか。筆者は、必ずしもそうとは言えないと考える。
経済自由主義と「小さな政府」への転換を掲げて支持を集めたボルソナロ氏は、年金支出の削減など、行政機構のスリム化を断行し、国内外の投資家・経済界から高く評価されてきた。
20年中には複雑な税制の簡素化や国営企業の民営化を進め、海外企業による投資や国内進出を図り、低成長が続いていた経済成長を軌道に乗せる方針だった。
だが、コロナ不況の直撃で逆にマイナス成長に転じ、緊急経済対策など巨額の支出を余儀なくされたうえ、一連の「改革」も事実上ストップしている。
コロナ不況がどこまで続くか見通せないうえ、改革の推進にはボルソナロ氏の支持基盤が弱い国会の協力が不可欠で、道筋は不透明だ。
制裁示唆のバイデン政権
もう一つの難題は、米国との関係だ。
ボルソナロ氏は19年1月の大統領就任以来、米トランプ大統領の「崇拝者」を名乗り、親密な関係を築いてきた。
ブラジルではアマゾン開発を推進するボルソナロ政権の下で、熱帯雨林の火災や破壊が深刻化しており、地球温暖化を懸念する欧州諸国から痛烈に非難されている。
だがトランプ氏だけは、ボルソナロ氏の姿勢を評価してきた。
間もなく米国の大統領に就任するバイデン氏は、選挙戦で、地球温暖化のための国際的枠組み「パリ協定」から離脱したトランプ政権を「環境保護軽視」と非難。アマゾンの熱帯雨林保護活動への資金提供にも言及している。
懸念されるのは、ブラジルの悲願である米国との自由貿易協定(FTA)締結だ。
米国とは20年10月、貿易手続きを簡素化する貿易・経済協力協定を結ぶなどこれまで着々と準備を進めてきたが、バイデン次期政権はFTAの条件として、ブラジル側に環境保護政策の充実を求める可能性が高く、今後の交渉は難航が予想される。
「ボルソナロ氏は、社会主義や共産主義を毛嫌いするトランプ氏のイデオロギーに同調し過ぎるあまり、結果的に国益を損なってきた。環境政策軽視でブラジルのイメージは悪化し、国産品が外国企業にボイコットされるなど経済的打撃を被ってきた」と、マッケンジー大学のプランド教授は指摘する。
バイデン政権はブラジルに対する経済制裁も示唆している。今後、ブラジルの環境保護政策に対する国際圧力が強まるのは必至だ。
ボルソナロ氏は2年後の大統領選までに、大幅な政策転換を迫られる可能性がある。
(山本太一・毎日新聞サンパウロ支局記者)
(本誌初出 ブラジルの「トランプ崇拝者」 ボルソナロ大統領が高支持率 現金給付で貧困層を囲い込み=山本太一 20210119)