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経済・企業 危ない中国

「中国リスク」が現実のものに……「ジャック・マー氏の政府批判」でソフトバンクが大ダメージを受ける理由

金融当局との間に対立があった?(ジャック・マー氏)(Bloomberg)
金融当局との間に対立があった?(ジャック・マー氏)(Bloomberg)

中国アリババグループの金融サービス企業「アント・グループ」は2020年11月3日、計画していた上海・香港両証券取引所での新規株式公開(IPO)を延期すると発表した。

史上最大となる調達額350億ドル(約3兆6000億円)規模の上場を2日後に控えた矢先であり、中国経済の成長を象徴するような巨大企業といえども、中国当局の意向次第で命運が左右されうることを世界に強く印象付けた。

報道では、アリババ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏による中国政府や金融当局に対する好戦的な姿勢が影響したとの意見が目立った。

マー氏が20年10月に上海で開かれた金融会議で基調講演に登壇した際、王岐山国家副主席や中国人民銀行の易綱総裁らもスピーカーとして参加する中で、中国の金融行政を批判したとされているためだ。

上場延期に関連して、筆者が最も注目したのは、上海証券取引所が出した、極めて異例な二つの開示資料である。

11月3日付の一つ目の資料は、アント・グループ宛ての上場延期決定の通知である。

具体的にはフィンテック規制の改正を含む重要事項で上場基準や情報開示要件を満たさない可能性があると説明し、上場延期に至る決定が開示された格好だ。

また、11月5日付の二つ目の資料では、フィンテック規制の改正による重大な影響の可能性を説明し、今回の上場延期が市場と投資家に対する責任ある行動であると述べている。

通常の企業の上場延期であれば、この二つの資料のように詳細に説明されることはない。

アントの上場延期が中国当局にとってどれほど神経質な問題であったかを物語っている。

米最大手に迫る評価額

アント・グループと言えば、決済サービスの「アリペイ」のイメージが強いかもしれない。

しかし、暫定目論見書で示された収益構造からは、決済サービスよりもフィンテックからの収入の方が大きい。

20年上期(1~6月)の売り上げの63・4%を占めるのが融資・投資・保険事業。特に中小・零細事業者や個人向けの融資を行う部門が同39・4%と最も高い。

傘下には決済の「アリペイ」、信用情報の「芝麻信用」、銀行の「マイバンク」、保険の「信美相互」など多くの金融事業会社を持つ、世界最大の金融サービスグループの一つだ。

19年連結売上高は1・8兆円以上、報道によれば上場準備段階での評価額は3000億ドル以上とも言われ、米国上場の金融銘柄で時価総額最大手のJPモルガン・チェースに迫っていた(図1)。

アント・グループはもともと、アリババの決済を担う一事業部門に過ぎず、04年にアリババの連結子会社として「アリペイ」が設立された。

しかし、ソフトバンクグループ(SBG)など外国資本も受け入れるアリババは、11年に中国人民銀行の外資規制上の都合でアリペイの持ち株を売却、連結対象企業からも外した。

同年代わってアリペイの親会社となったのが、マー氏らにより設立された中国内資会社「アントフィナンシャル」で、その社名は20年6月「アント・グループ」へ変更された。

一方、アリババはプラットフォーマーとしてEコマース、クラウド、スマート物流、デジタルメディアなどさまざまな事業を展開し、時価総額は7000億ドル(約72兆8000億円)を超えている。

アントの上場目論見書によれば、アリババは全額出資子会社を通じて約33%を保有する最大株主である。

中国政府は成長するアリババやアント・グループの影響力増大を背景に、民間企業、特に巨大IT企業に対する統制を強化し、金融事業ではネット小口融資の規制強化なども打ち出した。

さらに12月14日にはアリババなどに対し、企業買収が独占禁止法違反に当たるとして行政処分を下した。

こうした中で、マー氏と金融当局の間には金融規制などを巡る長年に及ぶ対立があると推察される。

二つの懸念要因

アント・グループの上場延期からは二つの点が懸念要因として浮き彫りになっている。

一つは、中国のカントリーリスクへの配慮の必要性だ。

中国で事業を行うには政治的配慮を根底に置く必要がある。同時に独占禁止法の観点からの規制強化も顕著だ。

中国の巨大IT企業は中国政府の国策のもとで成長してきたが、今や政府に脅威を与えるほどの影響力を持つ存在になった。

テクノロジー覇権を巡る米中新冷戦が続く中においてさえ、民間企業の市場支配抑制への政府圧力が強まっているのは、影響力の高まりによるためだ。

中国当局が12月24日、EC事業における独占禁止法違反の疑いでアリババの調査を始めたと発表したことからも明らかだ。

もう一つは、今後の中国金融行政の動きである。

アント・グループの存在は、既存金融機関に対して大きな影響を及ぼしてきた。

アント・グループは今後、「テクノロジー企業」というよりも「金融企業」または「金融持ち株会社」として、軌道修正を求められる可能性がある。

上場プロセスの再開見通しは不透明と言わざるを得ない。

さらに、テンセントや中国平安保険などテクノロジーを基盤として金融サービスを提供するフィンテック企業グループにも少なからぬ影響が予想される。

アントの上場延期を受け、香港証取に上場するアリババ株価は軟調な展開が続く(図2)ほか、テンセントの株価なども同様の推移が続いている。

中国のフィンテック企業の今後の動向は注視が必要だ。

アント・グループ上場延期はSBGにもダイレクトに影響する。

SBGは20年9月末で、保有株式価値18・6兆円のアリババ株を保有しているためだ。

また、アリババ株はSBGの投資ポートフォリオ30・9兆円の6割を占める。

アリババの子会社アント・グループの上場延期に端を発した不透明さが今後も続き、アリババやSBGの株価への下押し圧力となればSBGの財務への影響が懸念される。

アント・グループの上場延期には、アリババやアント・グループの影響力増大という遠因があることは間違いない。

テクノロジー覇権を巡る米中新冷戦の最中、米国では政府がグーグルとフェイスブックに対して反トラスト訴訟を提起し、中国でも政府が巨大IT企業の市場支配を問題視した。

巨大IT企業規制は、米中という2大国の複雑な思惑も絡んで、不確実性の真っただ中にある。

(田中道昭・立教大学ビジネススクール教授)

(本誌初出 アント上場延期 マー氏と当局の根深い対立 巨大ITにも国家統制強化=田中道昭 20210119)

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