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大人気の招待制SNS「Clubhouse」私には苦痛だった理由(松本健太郎)
「Clubhouse」という招待制音声SNSが大流行しています。
Googleトレンドを見ると、流行り始めたのは1月25日週。つまり、まだ2週間ほどしか経っていません(2月10日時点)。
私が始めたのは1月29日で、まだまだ全体的によく分かっていないのが正直なところです。
「喫茶室ルノアール」のようなSNS?
「Clubhouseとは何か?」と問われたなら、「1人〜大人数の電話を、ラジオのように配信しているサービス」と私なら言うでしょう。
電話の内容は様々で、マーケティングや起業などビジネス関係の話題から、芸能人の会話を楽しむ電話、山本一郎さんが言うように「喫茶ルノアール」的な怪しさ満載な電話まで様々あります。
聴衆者(リスナー)にとっては、ラジオを聞くような感覚です。
面白いのは、もし参加して欲しい聴衆者(リスナー)がいたら、電話に招待できることです。「参加型ラジオ」みたいな感覚かもしれません。
「Clubhouse」の特徴は3つあります。
1つ目は、招待制という点です。
しかも招待できる人数には上限があり、最初は2人しか招待できません。
そのためSNS上には一時期「Clubhouse招待してくださいオバケ」が多数目撃されました。
2つ目は、リアルタイムでしか聴けない点です。
後からアーカイブを聞く機能が無いため、その場限りという「希少性」があるとも言えます。
3つ目は、録音や手元でメモを取ることすら利用規約で禁止されている点です。「Clubhouse」上のオフレコトークを余所で話すな、ということです。
こういうサービスなのですが、なぜ人々は熱狂しているのでしょうか?
「Clubhouse」に人々が熱狂する理由
「Clubhouse」がヒットした理由はさまざまで、現時点でこれが正解というものはないように思います。
招待制のため、評判が先行し、まだ使っていない人が多く、「飢餓感」を煽られているのも理由の1つでしょう。
少しでも手間隙をかけると、それがどんなに下らない物であったとしても価値を過大評価してしまう心理効果を「イケア効果」と呼びます。
使うために招待を待つ必要があるという「手間」のおかげで、「Clubhouse」への期待値が上昇してしまったと考えられます。
また、「みんなやっているから私もやってみたい」と思われているのも理由の1つでしょう。
他者の行動に合わせる傾向を「同調バイアス」と呼びます。内容が何であれ、人は「お祭り」に釣られやすいのです。
その他にもいろいろな理由が考えられます。
「SNS上でフォローしている人の肉声を聞ける」「興味のあるテーマについて聞ける」
といったこともあるでしょう。
これらすべてが大ヒットの要因かもしれませんし、そうではないかもしれません。
大阪人精神を発揮するなら「○○が要因なんちゃう? 知らんけど」といった心境です。
専門家の語る「ヒットの理由」実はうさんくさい?
「記録的大ヒット」が誕生すると「これが大ヒットの理由」と言い切る専門家が必ずあらわれます。
2020年に公開された劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編の大ヒットにおいても、そうした訳知り顔の専門家が多数出現しました。
同作品は、実写作品も含む歴代の興行収入ランキング1位「千と千尋の神隠し」の316.8億円(興行通信社調べ)を越え、2月1日には368億円に達しています。
「鬼滅の刃」は各地のシネマコンプレックスで複数スクリーンで上映されており、数十分間隔で同作品が上映される様を「時刻表のようだ」と表現した人もいました。
確かに、そんなに上映されていれば、歴代1位の興行収入もたやすいのかもしれません。
しかし、スクリーンがそれほど埋まった理由は、同作品に人々が熱狂したからです。その「熱狂の源泉」について、納得できる理由にはついぞ巡り会えませんでした。
なぜ消費者が映画館に足を運んだのか、「これ」と言える理由を1つには絞りきれません。
「原作を超えているから」
「声優が豪華だから」
「上映作品が少ないから」
「コロナ禍で娯楽が少ないから」
「巧みなマーケティングのおかげ」
様々な言説が飛び交いましたが、私にはどれもピンときません。
おそらく、1つひとつの理由が、提唱する専門家の専門ジャンルからの視点に限定されているからではないかと思います。
アニメの専門家は、アニメ制作のクオリティで説明しようとしますし、逆にビジネスの専門家は、マーケティング戦略を話題にしがちです。
それぞれの専門家が、自分が得意なジャンルだけで理由を語ろうとすると、全体としては「どれも的外れ」感が出るのではないでしょうか。
しかし、「答え」を提示できない専門家は、いずれ信頼を失うのではないかと思います。
「Clubhouse」も、そのヒットの理由を専門家的視点で解説しようとすると、「的外れ」になってしまう気がしています。そういう専門家泣かせのサービスなのかもしれません。
「聞く人」にはいいが、「読む人」には苦痛なサービス?
私の「Clubhouse」に対する熱狂度合いですが、実はかなり冷め切っています。
オチも無い立ち話のような会話をダラダラ聞いているのが私には苦痛だからです。
1回だけ話す側に立った時は会話も盛り上がって楽しかったのですが、「もっと使って注目されたい」という心理を煽られるほどではなかった、というのが正直なところです。
一方で、熱狂的にハマっている人がいるのも事実です。
この差は、いったい何なのでしょうか。
その答えは、ドラッカーの提唱する「読む人」と「聞く人」の違いにあると私は考えます。
利き手にも右利きと左利きがあるように、仕事の仕方について「書面を読む人」と「口頭で聞く人」がいるとドラッカーは説明しました。
仕事の仕方について初めに知っておくべきことが、自分は読む人間か、聞く人間かである。世の中には読み手と聞き手がいるということ、しかも、両方できる人はほとんどいないということを知らない人が多い。
(「明日を支配するもの」 著:P・F・ドラッカー)
人には、「読む人」と「聞く人」がいる。例外的に、フランクリン・ローズヴェルト、リンドン・ジョンソン、ウィンストン・チャーチルのように、話をしながら相手の反応をとらえて情報を得る人がいる。つまり、読むことと聞くことの両方ができる者がいる。これは法廷弁護士に理想的なタイプである。
読む人に対しては口で話しても時間の無駄である。彼らは、読んだあとでなければ聞くことができない。逆に、聞く人に分厚い報告書を渡しても紙の無駄である。耳で聞かなければ何のことか理解できない。
(「経営者の条件」 著:P・F・ドラッカー)
この分類でいうと、私は完全に「読む人」です。
口頭で説明されても頭に入りません。文字を目で追って、物事を理解するタイプです。
だから会議前には資料を用意してほしいと思いがちです。
したがって、文字に残らない「Clubhouse」は、普段慣れない「耳で聞く」ことを求められるので、違和感が残ってあまり楽しめませんでした。
一方で、「Clubhouse」に熱狂的にハマっている人は「聞く人」なのではないでしょうか。
音声で聞くとすぐ理解できて、内容がストンと頭に入るタイプほどハマっていると感じます。
逆にそういう人は、文字だらけのTwitterには違和感を感じるのかもしれません。
世の中には「TVを見ながらTwitterをダラダラ見ている人たち」がいます。
TVドラマとSNSの相性が良いとよく言われていますが、実際の使い方を考えると、「TVを『聴き』ながらTwitterをダラダラ見ている人たち」が正しい説明ではないでしょうか。
私の場合、「半沢直樹」は全集中の呼吸で見ていましたが、多くの番組は耳で聴きながらTwitterをダラダラ見ているケースが多いです。
「どちらかに集中しなさい」と言われるかもしれませんが、TVにしろTwitterにしろ、そこまで集中してやるものでもありません。
だとすると、今後もしかしたら「Clubhouse」を聴きながら「Twitterをダラダラ見ている」ような使い方が増えるかもしれませんね。……知らんけど。
松本健太郎(まつもと・けんたろう)
1984年生まれ。データサイエンティスト。
龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを〝学び直し〟。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。
『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『データから真実を読み解くスキル』(日経BP)『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書) 『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など著書多数。