教養・歴史書評

『戦前日本のユニバーサルバンク 財閥系銀行と金融市場』 評者・平山賢一

著者 粕谷誠(東京大学大学院教授) 名古屋大学出版会 6300円

業務多角化への大変革に 特筆すべき人材育成術

 本書は、金融機関の多角化に至る戦前経営史を取り扱う。

 戦前の大銀行がどのような人的管理を行い、証券市場および外国為替業務への多角化を図ったのかについて、膨大な資料を基に整理している。特に旧三井銀行の経営方針が経済環境に応じて変化してきた系譜からは、現在我々が抱く固定化された銀行観が、決して普遍的なものではない点が明らかにされる。中心となる経営者が代わるにつれ、プライベートバンク、マーチャントバンクという銀行像を経て、預金・貸し出しと国際業務を兼営するユニバーサルバンクに至る事例が鮮やかに記されているからだ。

 ユニバーサルバンクは、業務の多角化によって経営資源を最適化し、コスト削減につなげるメリットが期待される。それを達成するために不可欠であったのが人材であり、戦前期の日本の財閥銀行である旧三井銀行、旧三菱銀行がいかにして人材を育成したのかについて、それぞれ詳述されている点も興味深い。

 著者によれば、証券業務と預金・貸し出し業務の人材交流の壁は低く、こちらでゼネラリスト的育成を進め、一方で国際業務については専門性が要求されたため、スペシャリスト育成を主軸にしたとしている。

 この人材を基盤としたユニバーサルバンクとしての銀行像は、第一次世界大戦後に確立され、高度経済成長期を経て現代にもつながっている。逆に言えば、明治から大正期にかけて大きく変化した銀行像は、人材管理の定着とともに固定化され、現代まで連続していると見なせるのかもしれない。

 とはいえ、将来の日本の銀行を考える上で、今後も同じことが言えるかという課題も見えてくる。情報技術の発展により、均質で優良な人材群を生かしたビジネスモデルが通用しなくなってきているのは周知の事実。ユニバーサルバンクの業務の大部分は、汎用(はんよう)性のある業務としてシステム化されており、これから求められる人材は、高度な交渉能力およびデータ処理能力の高い一部の特殊人材に特化・限定されてきている。

 戦前と戦後の銀行ビジネスモデルの橋渡しとなった人材管理が、産業構造の変化により陳腐化し、断絶面を迎えているのではないかと思えてくるのは評者だけではないはずだ。銀行という業態がこれからどう変化するか、生き残るのか残らないのか、そのことを真剣に考える上で、戦後よりもはるかに大きな変化にさらされた戦前期の動向を整理して見せた本書の意義は大きい。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメント執行役員運用本部長)


 粕谷誠(かすや・まこと) 1961年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学後、名古屋大学経済学部助教授などを経て現職。著書に『豪商の明治』『ものづくり日本経営史』などがある。

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