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教養・歴史 書評

『レイシズムとは何か』 評者・将基面貴巳

著者 梁英聖(反レイシズム情報センター代表) ちくま新書 940円

「対話」でなく「対決」を 現代日本を一喝する問題提起

 英国留学以来、英語圏に住んで30年になろうとしている私にとって、人種偏見は残念ながら比較的身近な現象である。英国では人種差別は「せいぜいエチケットに反しているくらいのことだ」と一部では思われていた節があるし、オーストラリアやカナダでは見知らぬ人からいわれなく罵声を浴びせられたことがある。そのような個人的な経験に照らしても、本書の多角的かつ重厚なレイシズム分析は人ごとでは済まされない切実さを帯びている。

 レイシズムとは単なる偏見や差別ではない。そもそも人種(race)というものは生物学的なカテゴリーとして存在しない。その存在しないものをでっち上げた19世紀ヨーロッパ思想に基づき、人を「人種」のカテゴリーに押し込めて排除し、さらにはこれに暴力を振るう権力である、と著者はレイシズムを定義する。

 戦後国際社会は、ホロコーストの経験に照らして、人種理論と人種差別を絶対悪として全否定したにもかかわらず、戦後日本はその認識を共有しない法整備がなされ、差別を温存してきた。その結果、現代日本社会には、差別とは何かについての基準がいまだに存在しない。「国内で頻発している人種差別について、日本政府は調査もせず、統計もとっていない」と著者は書く。しかも、差別の被害者に寄り添う必要は論じられても、加害者による差別を止めることには消極的なのが現実である。

 さらに問題の裾野は広い。筆者は、レイシズムはナショナリズムと密接な関係があることを指摘する。その上で、市場原理に全てを委ねる新自由主義が機会の平等だけに「平等」を矮小(わいしょう)化したことで、機会の平等に劣らず重要な、結果の平等を求める取り組みがなされない事態となっている。レイシズムは資本主義とも絡み合っているのだ。

 本書の論述は学問的作法にのっとっていながらも、社会正義への情熱がほとばしっている。差別を抑制するどころか、むしろ醸成する傾向が著しいと本書が分析する現代日本にあって、「第三者」としての読者にできる一歩は、「黙っていることは同意することであり、共犯である」という認識を肝に銘じることであろう。

 差別には「対決」して初めて、これを克服することができる。しかし、「対決」せずに「対話」することばかりが好まれる現代日本では成果を上げることができない、という著者の厳しい指摘は、レイシズムに限らず、現代日本人の政治的態度一般についても正鵠(せいこく)を射ている。読者に実践上の「対決」を迫る一書である。

(将基面貴巳、ニュージーランド・オタゴ大学教授)


 梁英聖(リャン・ヨンソン) 1982年生まれ。一橋大学大学院言語社会研究科博士後期課程。在日コリアンへのレイシズムなどを調査・分析する日本初のヘイトウオッチNGO「反レイシズム情報センター」(ARIC)代表。

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