教養・歴史書評

『子育ての経済学 愛情・お金・育児スタイル』 評者・井堀利宏

著者 マティアス・ドゥプケ(ノースウエスタン大学教授) ファブリツィオ・ジリボッティ(エール大学教授) 訳者 鹿田昌美 慶応義塾大学出版会 2400円

専制か、迎合か、指導か…… 経済環境で異なる子育てのヒント

 少子高齢化が進む日本では、子育て世帯を支援することが重要な政策課題である。客観的なデータと著者自身の個人的な子育て経験を踏まえて、本書は子育てに関する親子関係を経済学で実証的に解明することを意図する。同時に子育て支援策のあるべき姿にも有益な示唆を与える。

 従来、子育ての手法は国際的にも家庭間でもさまざまであり、文化や伝統の相違が主な決定要因だと考えられてきた。経済発展と経済成長の研究で優れた業績がある2人の著者は、経済的インセンティブ(要因)と学校組織の違いに注目し、経済的不平等、子供の人生を左右する入学試験、高等教育へのアクセスのしやすさなどが、子供の成功をサポートする親の考え方に影響していると指摘する。

 子育てのタイプは、親が押しつける「専制型」、子供の自由に任せる「迎合型」、子供を誘導する「指導型」の三つに分類される。これらのタイプは文化や伝統で決まってくるのではなく、子供の将来の経済環境に左右される。つまり、親の子供への考え方は国ごとにそれほど相違はなく、子供が将来直面するだろう経済環境が異なるので、子育てのタイプも異なってくる。

 歴史的に見ると、数十年前までは教育投資の経済的利得はそれほど期待できず、どんな職業でも業種間で所得格差があまりなかった。その結果、当時の親は「放任型」になった。近年、教育投資で人的資本を蓄積することが将来の経済的成功に大きく影響するようになると、どの国でも親は子供の教育に熱心になる。それでも、北欧で「迎合型」が多いのは、平等社会で教育の見返りが少ないからであり、不平等が大きい米国では、子供の周りをヘリコプターのようにホバリングして関わり続ける「専制型」のヘリコプター・ペアレントが多くなる。ただ、日本と中国を比較して、日本では経済格差が少なく学業成績の見返りも比較的低いから、親が「自立」を重視するとの指摘は、より詳しい議論が必要だろう。

 本書は、格差など経済的制約を改善することで、親子ともに幸福な生活が享受できると主張する。子育てを経済的インセンティブから解き明かす手法は斬新であり、副題にあるように、親の「愛情」にも配慮する記述は説得的である。平等に門戸が開かれ、成人前後まで競争を重視しない教育制度があれば、親は余裕のある子育てができる。父親が「指導型」の子育てに関わる大切さを強調するなど、子育てに悩む親にとって参考となるヒントが満載である。

(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)


 Matthias Doepke 西ドイツ、ハノーバー出身。シカゴ大学でPh.D.(経済学)。専門は経済成長論など。

 Fabrizio Zilibotti イタリア、エミリア・ロマーニャ出身。専門は開発経済学、マクロ経済学など。

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