教養・歴史アートな時間

映画 すばらしき世界 良心だけでは生きられない シャバを生きるビターな人情劇=勝田友巳

 西川美和監督の映画には、ウソがつきものだった。デビュー作「蛇イチゴ」で平穏そうな家族の秘密が明らかになって崩壊し、「ディア・ドクター」では村の命を見守る名医がニセ医者だと分かる。前作「永い言い訳」は虚飾と虚勢にまみれた人気作家が、妻の事故死で自分を見つめ直す。ウソが暴かれるのを恐れる姿に、反転された真実が浮かび上がる、周到で恐ろしい仕掛けが施されていた。

 ところが新作「すばらしき世界」の主人公、三上(役所広司)は正直者だ。いや、まっとうとは言いがたい。元ヤクザで十犯六入、つまり前科10犯で刑務所に6回も入った(服役中にも暴れたりして刑が追加された)。殺人罪の刑期を終えて、北海道・旭川の刑務所を出るところから物語は始まる。

 直情径行、空気を読めない。困っている人がいればほっておけないお人よしの半面、瞬間湯沸かし器のようにカッとなる。今度こそ逆戻りはしないと誓ったものの、何にでも真っすぐぶつかるから生きにくい。身元引受人の弁護士(橋爪功)や近所のスーパー店長(六角精児)、三上を取材するテレビ局のディレクター(仲野太賀)らが、彼を助けようと手を伸ばす。

 設定は山田洋次調の人情喜劇だが、現実も西川美和も、それほど甘くない。三上は怒りに火が付くと自分を抑えられない。チンピラに絡まれたサラリーマンを助けたはいいが、チンピラを半殺しにする凶暴さ。周りの人たちだって、良心だけで生きられない。生活や立場があるし元ヤクザの前科者に警戒もする。時に三上を突き放し、三上は彼らにもすごんでみせる。三上は生き別れの母親を探し、仕事を得るため失効した運転免許の再取得をしようとし、行き詰まって昔の兄弟分を頼ろうとする。どこに行ってもうまくいかず、やけを起こしたり歯を食いしばったりしながら、世間の荒波にもまれていく。

 これまでの西川映画では、真実を隠そうとするウソつきたちの後ろめたさに、観客も心当たりを覚えて居心地の悪い思いをさせられた。しかし、三上は彼らと対照的で、偽善を許さず筋を曲げない。いいヤツなのに、居場所がない。あらわになるのは、社会の不寛容と理不尽さだ。しかし、と同時に思うだろう。彼が隣人だったら厄介だ。自分は受け入れられるだろうか。

 観客にそんな自問を促す西川美和は、やっぱり意地悪なのだ。もっとも今度は、少し優しさが勝る。登場人物の根っこに善意があって、人間へのまなざしが柔らかい。役所広司を筆頭に俳優陣の好演も相まって、何度も見返したくなる。

(勝田友巳・毎日新聞学芸部)

監督・脚本 西川美和

出演 役所広司、仲野太賀、六角精児

2021年 日本

全国公開中


 新型コロナウイルスの影響で、映画や舞台の延期、中止が相次いでいます。本欄はいずれも事前情報に基づくもので、本誌発売時に変更になっている可能性があることをご了承ください。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事