教養・歴史アートな時間

美術 没後70年 吉田博展 グローバルな視点を抱き続け 保存とも懐古とも異なる挑戦=石川健次

    ≪瀬戸内海集 光る海≫ 大正15(1926)年 木版、紙 37.2×24.7㌢
    ≪瀬戸内海集 光る海≫ 大正15(1926)年 木版、紙 37.2×24.7㌢

     故ダイアナ元英国皇太子妃が、同じ作品をロンドンのケンジントン宮殿にあった執務室の壁にかけていたことでも知られる版画である。図版に挙げた作品だ。精神分析で知られるフロイトも別の作品を書斎にかけていた。最近では世界的に有名な人気歌手のノラ・ジョーンズが、この作家の版画を集めているという。いずれも本展の主役、吉田博(1876~1950)の木版画作品だ。

     明治、大正、昭和にかけて油彩画や水彩画、木版画に傑出した作品を生んだ吉田が、とりわけ木版画に本格的に取り組み始めたのは画業の後半生、49歳になって以後である。73歳で亡くなるまでに250点を超える木版画を制作した。浮世絵の伝統を継承しつつ、「油彩画や水彩画において身につけた経験や技術がすべて版画制作に結び付き、存分に活(い)かされ」(本展図録)た木版画を「画業のひとつの集大成や到達点」(同)と位置づけ、代表作など木版画を一挙公開するのが本展だ。

     早くからグローバルな視点を抱き、「世界で勝負することをやめなかった画家」(同)と本展が謳(うた)う姿勢、生涯にも注目だ。明治32(1899)年、23歳のときに後輩とともに初めて米国へ行き、まずデトロイトで水彩画による二人展を開催し、大成功。1234ドル、現在の貨幣価値で数千万円を売り上げた。翌年にはボストンで二人展を開き、デトロイトを上回る2785ドルを売り上げている。

     冒頭で触れたように海外にファンが多いのも、視線の先に世界を見続けた姿勢と無縁ではないだろう。大正12(1923)年の関東大震災直後、3度目の渡米を経ていよいよ木版画に取り組む。海外で吉田は「なぜ日本画を捨てて西洋画を模倣するのか」(本展図録)と問われ続けたという。世界に冠たる浮世絵、その刷新に新たな可能性を見出したのもむべなるかなだろうか。

     米国をはじめ、欧州やアジアなど国内外を訪ねつつ、主に風景を木版画に描いた。では吉田は木版画をどう刷新したのか? 日本の木版画に求められがちな情緒よりも写実を重視し、油彩や水彩で磨いた「移ろう光や空気への鋭敏な感受性を木版画に応用」(同)し、「日本の版画にかつてなかった光の輝きやモチーフの繊細なテクスチャー、色調のグラデーションを形にした」(同)。図版の作品にあふれるまばゆい陽光は好例だろう。

     モチーフの繊細なテクスチャー、色調のグラデーションを形にするため、何回も摺(す)り重ねた。日光に取材した《東照宮》は約80回、《陽明門》は96回にも及ぶ破格さだった。伝統の保存とも懐古とも異なる挑戦こそ、吉田の大いなる魅力だろう。

    (石川健次・東京工芸大学教授)

    会期 開催中、3月28日(日)まで

    会場 東京都美術館(東京都台東区上野公園8-36)

    開室時間 午前9時半~午後5時半

    休室日 月曜日(会期中、一部展示替えあり)

    問い合わせ 03−5777−8600(ハローダイヤル)

    巡回先 4月1日~5月30日、パラミタミュージアム(三重県菰野町)

        6月19日~8月29日、静岡市美術館(静岡)


     新型コロナウイルスの影響で、映画や舞台の延期、中止が相次いでいます。本欄はいずれも事前情報に基づくもので、本誌発売時に変更になっている可能性があることをご了承ください。

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