『イノベーターはあなたの中にいる 創造的起業家に変わる体験のデザイン』 評者・藤原裕之
著者 齊藤義明(野村総合研究所2030年研究室長) 東洋経済新報社 1800円
地方創生の人材育成に向け実践手法を提示・解説
起業家人材の圧倒的な不足感。地方創生が掛け声倒れに終わる根本原因である。本書は普通の人を創造的起業家に変え、地域から沸々と新事業の種が生まれる母胎を作り出す実践プログラムの様子を描いたものである。
舞台となる地方創生「イノベーション・プログラム」は著者らが全国さまざまな領域から発掘した100人の革新者たちと共に開発したプロジェクトだ。全部で八つのセッションで構成されるこのプログラムは他の類似プログラムとは一線を画す。
プロジェクトの特徴は大きく分けて3点。一つは「普通の人を起業家の顔に変える」ことに多くの時間を割いていること。参加者の起業への想いと意思を引き出すために二つのセッションが用意される。「遭遇」をコンセプトとする革新者刺激セッションは革新者を取り囲んで話を聴く。革新者の尖(とが)った考え方、生き方を注入することで参加者が自分の殻や地域の殻を破るきっかけを与える。次のアイデア創出セッションは自分の内側にある「ウォンツ」(欲求)を引き出す場だ。「なぜ、あなたがやるのか」に向き合うことで「あきらめない精神」が生まれ、参加者は創造的起業家の顔へと変わっていく。
二つ目は「チームへのこだわり」だ。個人ではなくあえてチームにこだわることで事業プランの完成度・推進力を高め、異質・異能な人材との接触で自分の殻を破る経験ができ、最終的に挑戦者同士のコミュニティーが形成される。本書ではチームの作り方で試行錯誤した経緯が紹介される。事業テーマを軸とするスタイルからメンバーの相性を重視したスタイルへシフトし、今はリーダーを核としたスタイルを採用している。熱量を持つチームを作り出すことがいかに難しいかがうかがえる。
三つ目は事業構想を洗練化する過程にある。重視されるのが「クレイジー」「リアリティー」「ウォンツ」を兼ね備えること。熱い想いと現実的な事業モデルとの往復運動を行い、「なぜ、あなたたちがやるのか」という問いでメンバーの意思を固める。最後にコンサルタントらから厳しいスパーリングを受け、クレイジーを尖らせリアリティーを鍛える。
プログラムに一貫して流れる要素は「人間性」だ。イノベーションの種は誰もが持っている。その種を一つ一つ発芽させた先にあるのが地方創生となる。地方でモヤモヤした想いを抱えている人、地方創生に関わる人、イノベーションのデザイン作りに関心のある人にはぜひ本書を手に取ってほしい。
(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)
齊藤義明(さいとう・よしあき) イノベーション・プログラム開発者。北海道大学卒業後、野村総合研究所入社。ワシントン支店長等を経て現職。著書に『次世代経営者育成法』『モチベーション企業の研究』など。