教養・歴史書評

『日本人の健康を社会科学で考える』 評者・小峰隆夫

著者 小塩隆士(一橋大学経済研究所教授) 日経BP 2400円

最新理論とデータ分析を駆使 政策立案の“お手本”にも

 明確な問題意識、堅実な理論的基礎付け、データに裏付けられた実証の三拍子がそろった好著である。

 本書は、「健康が自らの日常生活や経済行動、マクロ的な経済状況とどのような関係にあるのか」という基本的問題意識の下に、非正規雇用、社会の貧困、社会参加、学歴、家族介護などと健康との関係が取り上げられる。多くの現代的な課題に健康という側面からスポットライトを当てたものだと言えよう。

 理論的には、ヘドニック・キャピタル(個人の心理的資源を総合したもの)、多次元的貧困、ITAX(implicit tax rate=現在の仕事を1年続けた場合、続けなかった場合に比べてどれだけ「損」するかを求めた値)など、最新概念、分析手法が活用されている。「こういう捉え方があるのか」と目を開かれる思いがした。

 評者の印象に残った点を断片的に述べよう。非正規雇用と健康との関係(第2章)については、最初の就業が非正規であると、その後の年収は低くなりがちで、未婚の確率が高まり、心理的ストレスを抱える確率も高まることが示される。「やはりそうだったか」と思わせる。

 健康と貧困の関係(第3章)については、通常の所得面だけを反映した貧困率は、健康面を反映した場合に比べて低すぎると指摘されている。そういう視点もあったのかと気付かされる。親の介護とストレスの関係(第6章)については、仕事をせず、親を自宅に引き取り、長時間介護するという献身的な介護が、介護の長期化に伴うメンタルリスクの悪化につながっていることが示される。逆説的であるだけに、誰もが気付きにくい重要な論点である。

 計量的な分析にとどまらず、政策的な方向付けが示されていることも本書の大きな特徴である。例えば、非正規雇用が健康リスクを高めているという分析に基づいて、働き方の違いによる不当な差別をなくすルール作りが提案されている。

 経済社会政策の分野では、近年、証拠に基づく政策立案(EBPM=Evidence Based Poicy Making)を推進すべきだという議論が強まっている。本書に示されている分析は、EBPMのお手本になる。

 なお、本書では、ややおまけ的に、「夫が引退して家にいるようになると、妻のストレスが高まる」「配偶者との死別は、男性にとっては大きなライフイベントだが、女性にとってはそれほどでもない」といった点が示されている。何となく疑ってはいたものの、こうして実証的に確認されると、改めて身につまされる。

(小峰隆夫・大正大学教授)


 小塩隆士(おしお・たかし) 1960年生まれ。東京大学教養学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)などを経て現職。『再分配の厚生分析』で日経・経済図書文化賞受賞。他の著書に『社会保障の経済学』『くらしと健康』など。

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