経済・企業トヨタの行方

“常識外れ”の実験都市 「ウーブン・シティ」着工=河村靖史

    「ウ―ヴン・シティ」全景のイメージ図 トヨタ自動車提供
    「ウ―ヴン・シティ」全景のイメージ図 トヨタ自動車提供

     自動車メーカーが「街」をゼロから作り上げるという壮大な計画が動き始めた。トヨタ自動車は2月23日、富士山麓(さんろく)の静岡県裾野市で実験都市「ウーブン・シティ」を着工した。昨年末に閉鎖したトヨタ自動車東日本の東富士工場の跡地を中心とした70・8万平方メートルの敷地に、クルマなどのモビリティー(移動体)や住宅、インフラ設備など、あらゆるものがつながるスマートシティーを整備するのである。(トヨタの行方)

     ウーブン・シティは、自動運転やロボット、AI(人工知能)など、最新のテクノロジーを試験するための実験場で、従来型のクルマのメーカーから、移動に関わるあらゆるサービスを提供する「モビリティーカンパニー」への脱皮を目指すトヨタの将来を大きく左右する。トヨタがこのプロジェクトを発表したのは昨年1月、米国ラスベガスで開催された世界最大のテクノロジー見本市「CES」でのことだ。

    ウ―ヴン・シティの地鎮祭でくわ入れする豊田章男社長(右から2人目)=2月23日 トヨタ自動車提供
    ウ―ヴン・シティの地鎮祭でくわ入れする豊田章男社長(右から2人目)=2月23日 トヨタ自動車提供

     トヨタの豊田章男社長は「未来の実証都市を作る。人々が実際に住んで、働いて、遊んで、そんな生活を送りながら実証に参加する街。研究者、エンジニア、科学者たちは、自動運転やモビリティー・アズ・ア・サービス(MaaS=移動のサービス化)、ロボット、スマートホームコネクテッド技術、AIなどのテクノロジーを自由に試すことができる」と述べ、CESに来場していた経営者やエンジニアらに参加を呼び掛けた。

     ウーブン・シティでは、人が生活するリアルな環境で、その中にある、あらゆるモノやサービスがネットワークでつながるとともに、自動運転やパーソナルモビリティー(1人乗りの移動支援機器)、ロボットなど、研究開発段階にある最新技術を実証できる環境を整える。実用化を目指している技術やサービスの開発と実証を繰り返し、安全で安心、利便性の高い新たなビジネスを創出することを狙っている。

    2000人の街に

     トヨタの先進技術分野の開発を担当するウーブン・プラネット・ホールディングス(HD)のCEO(最高経営責任者)を務めるジェームス・カフナー氏は、ウーブン・シティが「モビリティー、クリーンエネルギー、そして人の安全、健康、幸せな生き方の実現を目指す、人が中心となる未完成の実証実験の街になる」と説明する。

     ウーブン・シティでは2025年までに人が暮らし始める予定で、初期段階では高齢者や子育て世代の家族などを中心に360人程度、将来的にはトヨタの従業員やOBとその家族など、2000人程度が住民として暮らすことを想定している。トヨタグループ以外の企業や研究機関、大学などがウーブン・シティを実証場所として活用することも広く受け入れる方針で、グループ以外のエンジニアや研究者の参画も募っていく。

     ウーブン・シティには、完全自動運転の電気自動車(EV)などスピードの速い車両専用の道路、歩行者とスピードの遅いパーソナルモビリティーが走行する道路、歩道のある縦長の公園のような歩行者専用道路の三つの道路を設ける。これら3種類の道路を組み合わせて街を3×3のブロックに分け、さまざまな種類の交差点を生み出したうえで、次世代モビリティーを試験走行させて、多くのデータを収集する。

     また、ウーブン・シティ内に設けるスマートホームには、室内用ロボットを導入するほか、センサーのデータを活用して冷蔵庫に食材を自動で補充したり、AIが住民の健康状態をチェックしたりするなど、つながる技術を活用する。雨水ろ過システムや水素発電設備、荷物配送用の道など、生活インフラは主に地下に設置し、効率的な街を作る。

     ウーブン・シティ内で使用するエネルギーには、再生可能エネルギーや水素燃料電池など、温室効果ガスを排出しないカーボンフリーなものを活用し、シティ内の建物屋上には太陽光発電パネルも設置する。また、シティ内ではトヨタがMaaS用に開発している自動運転モビリティー「e–パレット」をフル活用。人だけでなく荷物の配送や移動店舗などにも使用し、街の広場などでの「にぎわいを作り出す」役割を担う。

     世界には米国にミシガン大学が自動運転技術を実証するために整備した約13万平方メートルの実証場「Mシティ」や、中国政府が自動運転やロボット、電気自動車などを実証するために整備したテクノロジー実験都市「雄安新区」があるが、一民間企業が大規模なハイテク都市を整備するのは前例がない。ウーブン・シティは進化し続ける街と位置付けられるため「完成時期」という概念はなく、投資額も明らかではない。

     トヨタが「未来の街」づくりに乗り出す背景には、自動車産業を取り巻く技術革新と、そのスピードの速さに対する危機感がある。自動車業界はCASE(コネクテッドカー、自動運転、シェアリング、電動化)と呼ばれる技術革新が急速に進み、グーグルやアップルなども技術開発を進める。トヨタは高品質なものづくり力では定評があるが、CASE関連技術を実現するソフトウエア領域ではテクノロジー企業に大きく劣る。

     例えば、普及が本格化するコネクテッドカーでは、「OTA」(オーバー・ジ・エア)と呼ばれる技術が重要になる。無線通信で自動車に搭載したソフトウエアを更新し、機能向上や不具合の修正をしたりするもので、スマートフォンなどの電子デバイスでは当たり前の技術だ。EV大手の米テスラの車両にはあらかじめ多くのセンサー類が搭載されており、OTA技術を使って既販車に自動運転などの新しい機能を追加している。

    ソフトが決める価値

     OTA技術では、車載ソフトウエアに不具合が見つかった場合、ユーザーがわざわざサービス工場にクルマを持ち込まなくても、無線通信でソフトウエアを書き換えて修理できる。今後の自動車は、OTAが当たり前となり、新車の段階だけでなく、購入した後の機能向上も販売を大きく左右する可能性がある。つまり自動車の価値が、スマホと同様にハードからソフトにシフトする。

    「もっといいクルマづくり」を掲げてきたトヨタが危機感を持っているのはこのためだ。デジタル技術を駆使して新たなサービスの基盤を提供するプラットフォーマーと呼ばれるテクノロジー企業が、自動車を使った新しいモビリティーサービスに本格参入し、これが消費者に受け入れられた場合、トヨタはサービスを提供するためのハコ(ハード)を供給するだけの企業に成り下がってしまう。

     ただ、もともとソフトウエア領域に弱いトヨタグループだけで、プラットフォーマーに対抗できるサービスを展開するのは不可能だ。そこでトヨタは、NTTなどさまざまな業種の企業とオープンイノベーションを展開して、新しいモビリティーサービスを開発するとともに、スピードが勝負のテクノロジー企業に負けないよう、迅速に実用化するための実験場としてウーブン・シティの整備に取り組む。

     モビリティー領域で今後、トヨタは主導権を握ることができるのか。それは、壮大な実験都市を舞台にしたオープンイノベーションで、トヨタがいかにリーダーシップを発揮して成果を形にできるかにかかっている。

    (河村靖史・ジャーナリスト)


    露出増えた豊田大輔氏 後任社長の前触れ観測

    身振りを交えてウ―ヴン・シティについて説明する豊田大輔氏 ウ―ヴン・プラネット・グループのユーチューブ動画より
    身振りを交えてウ―ヴン・シティについて説明する豊田大輔氏 ウ―ヴン・プラネット・グループのユーチューブ動画より

     トヨタ自動車が手がける実験都市のウーブン・シティは、トヨタの自動運転などの先進領域の開発を統括するウーブン・プラネット・HDが手掛ける。2月23日のウーブン・シティのくわ入れ式を直前に控えた1月29日、ウーブン・プラネットが開催したオンラインでの発足イベントの終盤に登場したのが豊田章男社長の長男である大輔氏だ。

     大輔氏は現在、ウーブン・プラネットのシニア・バイスプレジデントで、ウーブン・シティを担当する。大輔氏はイベントで、手ぶりを交えながら「(くわ入れ式の実施で)皆さまとともに進めていくプロジェクトの第一歩を踏み出します」と述べた。トヨタはここ最近、大輔氏の露出を増やしており、章男社長の後任にする前触れとの観測が強まっている。

     トヨタは以前から章男社長の長男が入社したことを公式には非公開としていた。しかし、マツダが2019年に筑波サーキットで主催した「ロードスター4時間耐久レース」に親子で参戦したのに続いて、昨年1月に開催された「東京オートサロン2020」ではトヨタブースでのトークショーに親子で登壇するなど、露出を増やしている。

     ウーブン・シティの担当にしたのも、世襲を前提にプロジェクトに参加するグループ内外の企業幹部らとの関係を構築する狙いがあると見られる。大輔氏がトヨタの社長の椅子に座る日はそう遠くないかもしれない。

    (河村靖史)

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