経済・企業

女性の社会進出はここから始まった……アサヒ「スーパードライ」を女性が支持した深い理由

    総評会館で開かれた「企業の平等法くずしを許すな2・25集会」。話し手は土井たか子衆院議員=東京・お茶の水で1984年2月25日撮影
    総評会館で開かれた「企業の平等法くずしを許すな2・25集会」。話し手は土井たか子衆院議員=東京・お茶の水で1984年2月25日撮影

    1980年代当時、圧倒的なシェアを誇るキリンに対して、アサヒは苦境にあえいでいた。

    独特の「どぶ板営業」によって、なんとかしのいでいたアサヒは、ついに「スーパードライ」という大ヒット商品を生む。

    「スーパードライ」を分析したキリンは、そこにある大きな特徴を見いだす。

    時代の変化に敏感だったアサヒは、どんなニーズをくみ取ったのだろうか。

    「ハートランド」「一番搾り」ほか、さまざまなヒット商品を開発し、キリンビバレッジ社長に上り詰めた前田仁氏の逸話を、ジャーナリストの永井隆氏が語り継ぐ本連載。

    第7回目は「スーパードライ」発売前後のアサヒとキリンの闘いを語る。(前回はこちら

    「苦くないビール」を支持した女性たち

    「これは大変なことになります! スーパードライは脅威です」

    太田恵理子は、社内でそう訴えた。

    キリンのマーケティング部に所属する彼女はハートランドプロジェクトのメンバーであると同時に、リサーチ業務も兼務していた。

    定期的に実施している消費者調査から、ライバルであるアサヒビールの新製品「スーパードライ」が、実はとんでもない商品であると、彼女は断言したのである。

    それはスーパードライの発売から1カ月も経過していない、1987年4月上旬のことだった。

    発売当時のアサヒスーパードライ
    発売当時のアサヒスーパードライ

    ただ、太田の意見を聞いた男性社員は、納得しなかった。

    「太田さん、いつも冷静なあなたが、どうしちゃったの。恐れるような味じゃないよ」

    「いえ、先日行った(消費者への)グループインタビューで分かったのです。スーパードライを、奥様が飲み始めているんです。

    『ビールを飲まなかった女房が、スーパードライは苦くないから飲めると言っている。ずっと一人で晩酌していたが、最近は夫婦で楽しむようになった』と話す人も……」

    「ビールの本質は、ホップと麦芽がもたらす、上質な苦味にある。一方、スーパードライはどうだろう。アルコールが高めで辛口とうたっているが、アメリカンタイプというのか、バドワイザーのような味だ。男性には物足りないんじゃないだろうか。ビールの王道の味じゃないよ」

    「それはメーカーの言い分ですよ。『自分はラガーが好きだけど、家内がスーパードライに変えた』という声もあります」

    「女性の力が強くなって、消費行動も変化しているんだな。だが大勢に影響はないだろう。アサヒは工場を閉鎖しているぐらいだ。多少売れても、計画以上の増産はできない。そのうちに人気も失速していくだろう」

    営業部でも、マーケ部でも、本社にいる男たちの反応はみな鈍かった。太田の懸命な説明を聞いても、事の重大さを認識できなかったのである。

    前田仁は、どこか”上の空”と太田には見えた。

    前田がこの件に興味を持てないのも無理はなかった。

    ビアホール・ハートランドは連日盛況だが、ビールのハートランドは強大な権力をもつ営業部により、前田の意に反して、缶ビールとして全国発売されてしまっていた。

    マーケティング部長の桑原通徳は、前年の86年に取締役になっていた。

    だが、その桑原の力でも、全国発売を止めることができなかった。

    女性の社会進出がスーパードライを後押しした

    太田は、「女性の社会進出が、スーパードライを後押しした」と話す。

    86年に男女雇用機会均等法が施行され、キリンをはじめとする大手企業では女子総合職が誕生していた。

    女性の社会的な地位が向上する中、女性が選んだのがスーパードライだった。

    「苦くなく、女性に好まれる味でした。ただ、テレビCMでは、作家・国際ジャーナリストの落合信彦氏を起用します。CM内で同氏はサングラスをかけ、男性向けの硬派なイメージを演出していました。このあたりのバランス感覚がうまかったと思います」と太田は指摘する。

    「アサヒスーパードライ」発売時の広告
    「アサヒスーパードライ」発売時の広告

    それまで主婦は夫のためにビールを配達してもらい、夫の晩酌のために肴を用意していた。

    それが、自分のためにビールを購入し、自分の好きな肴を工夫するように変わっていったのである。

    もっとも、その切っ掛けになったのはアサヒの営業による攻勢だった。

    アサヒの営業マンは酒屋に通い、一般家庭に配達されるキリンラガーの20本入りケースから、1本だけ、アサヒのビールと交換していた。

    こうしたギリギリの「どぶ板営業」によって、アサヒはなんとか命脈を保っている状態だったのだ。

    スーパードライ発売によって、アサヒの営業担当者がこっそりすり替えていた「1本」の銘柄が、スーパードライになった。

    これをきっかけにスーパードライの良さに気づく消費者が徐々に増えていく。

    ブームのきっかけとなったのは、世田谷区と杉並区在住の女性たちだったという。

    「ビールケースは20本入りです。そのうちの19本はラガーだったのに、すりかえられていたのこりの1本が大ヒットする導火線になったのです」とキリンの太田は証言する。

    アサヒの営業部隊は、決して諦めなかった。

    彼らの必死の行動が、起死回生の大ヒットを呼び込んでいったのである。

    いずれにせよ、女性が消費の当事者となることで、ビールの消費行動が大きく変わっていったのだ。

    「警鐘」を黙殺したキリン

    前田や太田の上司だった桑原は、87年2月には取締役でマーケ部長を兼務したままビール事業本部副本部長へと出世する。

    そんな桑原は神戸支店長からマーケ部長についた83年に、あるレポートを作成し、社内に配布していた。

    そのレポートでは、精密な消費者調査をベースに、ラガー指名率の低下や、単身世帯の増加に伴う宅配率の低下と、それによるキリン凋落を予想していた。

    ラガーのリニューアルなど、一定の対策を講じても、6割超えのシェアは「52%まで下がる」という衝撃的な内容だった。

    「キリンはいずれ傾く」は桑原が神戸支店長をつとめていたころからの持論だった。

    レポートはその主張を、調査データを用いて信憑性を高めた形に整理したものである。

    しっかりした根拠にもとづく主張だったが、あまりにも長い間、繁栄に慣れきっていた社内で、桑原のレポートは危険思想扱いされてしまった。

    だが、現実はこのレポートの通り、キリンは凋落をたどっていく。

    桑原レポートは「いずれ訪れる危機についての未来予想図」だった。

    太田の指摘も同様だったが、既に始まっているスーパードライという危機に対する警鐘だった。

    キリンは莫大な調査予算を持っている。だから当のアサヒより早い段階で、「スーパードライ」のヒットを予想できていた。

    だが、その予想をキリンは黙殺してしまった。

    アサヒ社長に就任した「あなどれない男」

    アサヒには旧住友銀行から社長が派遣されていた。そうなったのは71年からである。

    それはいずれアサヒをサッポロビールと合併するための布石だった。

    もともとアサヒとサッポロは49年に分割されるまでは、同じ大日本ビールだったのである。

    その悲願は果たせないまま、経営トップの派遣だけはつづいていた。

    その間に、”ナイヤガラの滝”と揶揄されるほどのシェア低下に、アサヒは苦しむようになる。

    旧住銀の副頭取でマツダの再建に手腕を発揮した村井勉が、アサヒの社長に就いたのは82年だった。

    村井はアサヒの組織改革に着手し、CI導入なども果たしていく。

    特に、本社の部長級を集めた非公式な読書会や、その後の飲み会などを定期的に開催し、営業やマーケ、生産など縦割りの会社組織に横串をさしていった。

    それでも、アサヒのシェア低下には歯止めがかからなかった。

    それは阪神タイガースの優勝で大阪での売り上げが回復し、アサヒが”首の皮一枚”で4位転落を免れた85年年末のことだった。

    サントリー第2代社長の佐治敬三は、銀座のバーで40歳前後の若手幹部らとウイスキーを飲んでいた。

    そこに電話が入ったが、受話器を置くと佐治は幹部たちに言った。

    「今度、住友銀行からアサヒ社長に来る男がわかった。警戒せなあかん人物やで」

    「どうしてですか?」

    「フットワークがいいからや。社長室でジッとしてる奴やない。きっと動きまわる」

    「で、何という人ですか?」

    「樋口廣太郎。いまは、住銀の副頭取やっとる」(つづく)

    永井 隆(ながい・たかし)

    1958年生まれ。フリージャーナリスト。現在、雑誌や新聞、ウェブで取材執筆活動を行う一方、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。 主な著書に『移民解禁』(毎日新聞出版)、『アサヒビール30年目の逆襲』『サントリー対キリン』『EVウォーズ』(日本経済新聞出版社)、『究極にうまいクラフトビールをつくる』(新潮社)など。

    インタビュー

    週刊エコノミスト最新号のご案内

    週刊エコノミスト最新号

    4月27日号

    未来産業の本命 新エネ、DX、デジタル通貨第1部 エネルギーとデジタルが生む革新14 脱炭素の大開拓時代 革命は日本から始まる ■浜田 健太郎/村田 晋一郎16 新エネ(1) 洋上風力 潜在力は原発500基分 ■宗 敦司19 (2) 送配電 「直流送電」で再エネ普及へ ■南野 彰24 (3) 蓄電池 [目次を見る]

    デジタル紙面ビューアーで読む

    おすすめ情報

    最新の注目記事