経済・企業 「結果を出したい人」の哲学
「センス」「クリエイティビティ」は鍛えられる? 発想力を高める「哲学思考トレーニング」のやりかた
難解な議論、複雑な概念、何に役立つのか分からない……
そうやって長い間敬遠されていた「哲学」が、今ビジネス現場で脚光を浴びているという。
哲学を学ぶことで「課題解決力」「クリエイティブな発想力」「問題解決力」といったビジネスに必要な能力が身につくという。
国内でも大手商社などを中心に、「ビジネス哲学研修」が人気だという。
「ビジネス哲学研修」の国内における草分けであり、またEテレ「世界の哲学者に人生相談」でも人気の哲学者、小川仁志・山口大教授が、このほど『結果を出したい人は哲学を学びなさい』(毎日新聞出版)を刊行。
その具体的な方法論について、小川氏に語ってもらった。
哲学センスを磨くためのトレーニング
哲学的思考ができるようになるためには、やはりトレーニングが必要です。
そこで私も研修の中でいくつかのトレーニングを毎回ウォーミングアップを兼ねてやっています。
少し紹介していきましょう。
①変な質問を考える
哲学にとって質問はとても大事な営みです。
問うことで疑問を持ち、物事の本質を探り当てることができるからです。
とりわけ変な質問をする必要があります。
私はこれをクリエイティブ・クエスチョンと呼んでいます。
当たり前の質問をしても、当たり前の答えしか返ってきませんよね。それでは本質は見えてこないのです。
本質を知りたいなら、可能な限り視点を変えて、見えない物を見る努力をする必要があります。
たとえば「1+1」という現象の本質を知りたいなら、「1+1は?」と聞くだけではだめなのです。それでは「2」という計算の答えしか返ってきません。
そうではなくて、「1+1は幸せですか?」とか「1+1は地球を救いますか?」などといった、変な質問をしなければならないのです。
1+1は地球を救うか? まぁ地球で反目し合っている二つの勢力が手を組めば、地球を救うでしょうね。
つまり、1+1というのは、相反する二つの力が一つになって調和をもたらすという側面を有しているということが分かります。
こうやって偉そうに言っていたら、ある高校での講演で、「1+1は武道館を埋められますか?」と逆に質問されてしまいました。
そこで私もプライドをかけて必死に考え、こう答えました。
「普通にやってたら武道館を埋めるのは困難で、それが1だとしたら、もう一工夫いるということだと思う。そのもう一工夫がプラス1なんじゃないかな。だから1+1なら武道館は埋められるはず」と。
つまり1+1には、当たり前の発想にもう一工夫加えるという側面もあるのではないかということです。
会場からは拍手が起きました。
こんなふうに、変な質問をして、それについて必死に考えることで、今まで見えてなかった本質が見えてくるというわけです。
コツは答えを一切想定しないことです。でないと予定調和的になってしまいますから。
このトレーニングは確実に、問うセンス、つまり哲学するセンスを鍛えることができます。
②本質千本ノック
今、問いを鍛えるということをお話ししましたが、今度は答えの方を鍛えるトレーニングについてです。
私がお勧めするのは、即座に本質を言うことで、脳に回路を作るというものです。
私はこれを「本質千本ノック」と呼んでいます。
どんどんお題を投げかけることで、本質を答えてもらうものだからです。
本来はじっくり考えて答えを出すわけですが、あえてすぐに答える練習をすることでセンスをアップするのです。
大喜利の練習をするお笑い芸人と同じです。お笑い芸人はムチャぶりをされて、すぐに面白いことが言えますが、あれは日ごろ練習しているからです。
哲学では別に面白いことを言う必要はありませんが、それでもみんなが納得する物事の本質を言い当てなければなりません。
いわばクリエイティブ・ソリューションを生み出す練習です。
私が大学でこのトレーニングをした時、学生がとっさに答えたものをいくつか紹介しましょう。
山とは命の隆起、スマホとは脳みそ泥棒、お茶漬けとは食前の消化、友情とは寂しさの解消契約。
思わず本音が出たのか、これを言った学生の周囲はみんなひいてました。たしかに納得ですが……。
なぜ言葉のセンスを磨くべきなのか
もうお気づきと思いますが、哲学は言葉の営みです。
ですから、言葉のセンスを磨くことが、哲学的センスを磨くことにつながってきます。
ここで言葉の意義について少しお話ししておきたいと思います。
なぜなら、結局哲学は言葉遊びにすぎず、テクノロジーがかかわるイノベーションにはあんまり関係がないんじゃないかと思われることがあるからです。
しかし、少し考えてみれば分かるように、人間は言葉を用いないと思考できません。
したがって、思考がカタチになったものが現実なのです。
あらゆる現実、つまりモノ、技術、サービスなどは言葉が元になっています。
スマートフォンのような複雑高度なテクノロジーでさえ、最初はこういうものを作りたいという言葉から始まっているのです。
そう、聖書の告げる通りです。初めに言葉ありき。
したがって、創造的な言葉はそのまま創造的なモノ、技術、サービスになるのです。
だから私は、言葉のセンスを磨くことを重視しているのです。
言葉に敏感になると概念を作れる。そして現実を変えられるのです。
そのためには、
①言葉にこだわる習慣を身につける、
②常に思考を言語化し、厳密な言葉で表現しようとする、
③オリジナルな言葉をつくるようにする
といったトレーニングも、日ごろから意識してやっておくといいでしょう。
小川仁志(おがわ・ひとし)
1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授(公共哲学)。20代後半の4年半のひきこもり生活がきっかけで、哲学を学び克服。この体験から、「疑い、自分の頭で考える」実践的哲学を勧めている。『結果を出したい人は哲学を学びなさい』(毎日新聞出版)など著書多数。
「小川仁志の哲学チャンネル」