経済・企業

「哲学を学ぶと仕事がうまくいく」ビジネス研修で人気の「哲学思考」とは何か

    小川仁志氏(哲学者、山口大学教授)=東京都港区で2019年3月13日、武市公孝撮影
    小川仁志氏(哲学者、山口大学教授)=東京都港区で2019年3月13日、武市公孝撮影

    コロナ禍でリモートワークが導入されたことで、「実は成果を出していない社員」の存在がクローズアップされている。

    日本企業はこれまで以上に、社員の「成果」を公平に判断しようとしている。

    そんな中、企業では「哲学研修」が人気だという。

    これまで「教養」として考えられてきた哲学が、近年「ビジネスに必要な学問」と認識され、脚光を集めているという。

    その最大の理由は、GAFAを中心に「哲学のビジネス活用」が進んでいること。

    世界の最先端では、「成果を高める」「課題解決力を養う」ツールとして「哲学」をとらえているのだ。

    そうした「ビジネス哲学研修」の国内における草分けであり、またEテレ「世界の哲学者に人生相談」でも人気の哲学者、小川仁志・山口大教授が、このほど『結果を出したい人は哲学を学びなさい』(毎日新聞出版)を刊行。

    なぜ今、「ビジネス哲学」なのか。その詳細を小川氏が語る。

    そもそも哲学とは何か?

    ビジネスに限らず、とにかく「哲学」と名の付く研修をする時には、まず誤解を解く必要があります。

    つまり、私のいう哲学が、参加者の思っている哲学と異なることをはっきりさせておく必要があるのです。

    もともと哲学は西洋から入って来たもので、英語でいうとフィロソフィーのことです。

    それが哲学と訳されているのです。

    では、フィロソフィーとは何かというと、これは哲学発祥の地、古代ギリシャの言葉で「知を愛する」という意味になります。

    そこから、物事の本質を探究し続けることだというふうに説明されたりするのが一般的です。

    でも、この説明だと、物事の本質ということの意味がよく分からないので、結局哲学そのものもいったい何を求めるものなのかよく分からないということになってしまうのです。

    そこで私は、「自分なりに行き着くところまで考え抜いて、それを言葉で表現すること」というふうに説明しています。

    「たったそれだけのこと?」と思われるかもしれませんが、私たちは日ごろたったそれだけのことさえやっていないのです。

    そうやって考え抜いて、自分の言葉で物事を表現すると、それは世界を新たな言葉でとらえ直したことになり、いわば世界を意味づけし直したことになるのです。

    あるいは、自分にとってそれほど意味を持っていなかったことに新たな意味が生じることから、これを「世界の有意味化」と呼んでもいいでしょう。

    既存のフレームをどうやって超えるか?

    どうでしょう? ようやく哲学が特別な営みに思えてきましたか?

    そうなんです。哲学は考えることですが、普通に考えることとは違うのです。

    いわば哲学は、既存のフレームを超えることでもあります。

    哲学によって「既存のフレーム」を超えることができる
    哲学によって「既存のフレーム」を超えることができる

    普通の思考の場合、考える対象について、自分が持っているフレーム(枠組み)、分かりやすくいうと常識の中だけで考えようとしています。

    それは単なる情報の処理や、場合によっては反射にすぎないのです。

    これに対して哲学するというのは、考える対象について、自分が持っているフレームを超えて考えることを意味します。

    具体的には、別の視点でとらえたり、俯瞰したりすることによって、自分の頭の中の箱から出るイメージです。

    これが世界だと思っているその世界の外にひょっこり頭を出してみるのです。

    具体的には図のようなプロセスを踏むことになります。

    既存のフレームを超えるためには、まず意味を疑う必要があります。

    そのうえで、多様な視点でとらえ直すのです。

    ここでは想像力がものをいいます。

    そうしていろいろな視点でとらえたあと、再構成していきます。

    ここでは論理力がものをいいます。その結果創出されるものが新しい意味なのです。

    これによって物事のより深い理解が得られ、テーマによっては人生の意味さえ変わります。そして私たちはより善く生きることができるのです。

    これは哲学の父ソクラテスの言葉です。

    彼は哲学の目的はより善く生きることだと言いました。

    物事の本質が分かれば、失敗したり騙されたりすることがないだけでなく、正しい判断ができます。

    得することだってあるでしょう。

    つまり善く生きることができるのです。

    AIに哲学は無理

    注意していただきたいのは、この各々の過程において、人間の場合「非思考的要素」ともいうべきものがかかわってくる点です。

    つまり、どんな視点で見るか、どう再構成するかという時に、不可避的に本能や直観、身体、感情、経験、意志、欲望といったものが影響してくるのです。

    これらは人によって異なるので、哲学した結果として導き出される物事の本質も人によって変わってきます。

    愛や自由の本質が人によって異なるのは意外かもしれませんが、実際そうなのです。

    だからアメリカでも自由の意義を巡って激しく対立していますよね。

    本質は人によって異なるけれど、あとはどれだけ他者から賛同を得られるかの問題なのです。

    ちなみに、この非思考的要素は人間独自のものなので、そのおかげで哲学は人間にしかできない営みになっていると私は考えています。

    AIには哲学できないのです。

    もしできるようになったら、それはもはやAIじゃなくて人間でしょ!?

    人型ロボット「Pepper(ペッパー)」の出迎えを受ける安倍晋三首相(右)。左端は今村雅弘復興相=福島県南相馬市で2017年4月8日午後1時29分
    人型ロボット「Pepper(ペッパー)」の出迎えを受ける安倍晋三首相(右)。左端は今村雅弘復興相=福島県南相馬市で2017年4月8日午後1時29分

    私が行うビジネス哲学研修では、こうした意味での哲学思考を身に付けてもらうことを目的にしています。

    哲学思考という一生使える強靭な思考力を身に付けるということです。

    そしてさらに、その哲学思考を仕事に適用し、業務を根源から見直し、新しいやり方、新しいサービス、新しい価値を生み出すためのヒントを見つけてもらっています。

    なぜ今哲学なのか?

    ここまでのところで、哲学の意義は十分分かっていただけたかと思いますが、今なぜそうした思考が求められるのでしょうか?

    それには主に4つの理由があると思います。

    まず、①グローバル時代です。

    哲学が発展してきた欧米では、エリートは皆哲学を学んでいます。そうした人たちと競争していかなければならない日本人も、同じ武器を身に付けておいた方がいいにきまっています。

    ちなみに、2022年度からは、高校に新科目「公共」が導入されます。これは一部哲学を学ぶカリキュラムになっているので、ましてやそこから取り残された今の大学生やビジネスパーソンは、なんとかして哲学を身に付けておく必要があるといえるでしょう。

    次に、②お手本のない時代です。

    日本は21世紀に入って以降、ずっと行き詰まっています。

    個人も国家もかつての成功モデルが崩れてしまい、いったい何が正解なのか分からなくなっているからです。

    そこでゼロから考える必要性に迫られています。

    哲学はまさにゼロから思考する営みなので、ニーズが高まっているのです。

    さらに、③AI時代です。

    AIが急速に発展し、かつ社会に実装されてくると、人間はもう創造的思考をしないと生き残れない状況になってきます。

    これからじっくりお話ししていきますが、実は哲学は極めて創造的な営みなのです。

    だから注目を集めているのだと思います。

    最後に、④パンデミック時代です。

    新型コロナウイルスによるパンデミックによって、ニューノーマルをはじめ、私たちは常識の再定義を迫られています。

    哲学は物事を新たな視点でとらえ直す営みですから、当然その部分で役に立つのです。

    小川仁志(おがわ・ひとし)

    1970年京都府生まれ。哲学者・山口大学国際総合科学部教授(公共哲学)。20代後半の4年半のひきこもり生活がきっかけで、哲学を学び克服。この体験から、「疑い、自分の頭で考える」実践的哲学を勧めている。『結果を出したい人は哲学を学びなさい』(毎日新聞出版)など著書多数。

    「小川仁志の哲学チャンネル」

    https://www.youtube.com/channel/UC6QhXJZtGm7r287kam1Z1bg

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