マーケット・金融バブルか? 暴落か? 世界経済入門

何が起きるか4 物価高で危機 「このままではインフレ」 “過大”な景気刺激の危うさ=中岡望

サマーズ氏(左)はバイデン氏の“身内”だったはずだが……(オバマ政権時代の2008年)(Bloomberg)
サマーズ氏(左)はバイデン氏の“身内”だったはずだが……(オバマ政権時代の2008年)(Bloomberg)

 バイデン政権の応援団であったはずの民主党系の著名な経済学者が、1兆9000億ドルという巨額の財政支出に異論を唱え始めた。(世界経済入門)

 クリントン政権の財務長官とオバマ政権の国家経済会議委員長を務めたハーバード大学のローレンス・サマーズ教授と国際通貨基金(IMF)の主席エコノミストを務めたマサチューセッツ工科大学(MIT)のオリビエ・ブランチャード元教授である。

 両教授は、米政権の財政出動は、“需要の不足分に対して大きすぎる”、つまり過大な景気刺激によってインフレ(物価高騰)が起きる可能性があると主張している。

 インフレはさまざまな弊害をもたらす。物価上昇が先行し、賃金の上昇が追いつかず、生活が苦しくなる。年金生活の高齢者など社会的弱者ほど痛みが大きく、社会的不平等をもたらし、米経済を危機に陥れる恐れがある。

利上げに追い込まれる

 米バイデン政権が公約していたコロナウイルス対策と景気対策を盛り込んだ「米国救済計画法」が議会で成立した。

 バイデン大統領には、自らが副大統領を務めていたオバマ政権がリーマン・ショックに対処するために打ち出した8300億ドルの米国復興再投資法が“不十分”で、経済が長期間、不況から脱することができなかったという苦い思いがある。「財政支出規模が大きすぎるリスクよりも、小さすぎるリスクの方が大きい」という発想から、巨額の景気刺激策に踏み切った。

 米国救済計画法は昨年12月の支援策で支給が決まった600ドルに加えて1人当たり1400ドルの支給、児童手当は1人当たり250〜300ドルの支援、週400ドルの失業給付追加金などが盛り込まれている。だが大規模な財政支出の妥当性や効果を巡る議論はなおざりにされてきた。

 サマーズ教授は2月に『ワシントン・ポスト』紙に2度にわたって寄稿し、(1)バイデン政権の景気刺激策は過大であり、(2)インフレを誘発し、(3)さらに金利上昇を招く可能性がある──と指摘した。さらに、ブルームバーグの取材に対し、「来年、米連邦準備制度理事会(FRB)は利上げに追い込まれるかもしれない」と語った。ブランチャード氏もツイッターで「1兆9000億ドルのプログラムは経済を過熱させ、非生産的である。(国民の)保護はもっと少ない金額で達成できる」と、メッセージを送った。バイデン政権にとって、両氏の批判は予想外であった。

 サマーズ教授の批判の論拠は何か。議論は議会予算局の産出量ギャップ(生産能力と現実の生産高の差)の推計から始まる。議会予算局は、2021年の産出量ギャップは年初で月500億ドル、年末で200億ドルと推定した。1兆9000億ドルの歳出が行われれば、月1500億ドルの需要を創出すると分析。そして「バイデン政権の刺激策の額は需要不足の3倍の額に相当する」と、景気刺激策が過大であると主張した。

 さらに、(1)既に失業率の低下が見られること、(2)金融の超緩和政策が続いていること、(3)個人が消費を控えた結果、昨年、貯蓄が大幅に増加しており、景気回復が本格化すれば、さらに需要が増える可能性があること──を指摘している。昨年の個人貯蓄率は暫定値だが可処分所得の16・4%を記録している。過去の水準は6~7%であるから、大幅な貯蓄増加があった。財政政策による需要喚起に加え、個人が貯蓄を取り崩して消費を始めれば、予想以上に景気が過熱する懸念がある。

 さらに最近の賃金給与水準はコロナウイルス感染が始まる前よりも300億ドル落ち込んでいるが、この額は縮小している。支援策は潤沢で、家族4人の平均的な労働者の年収は2万2000ドルだが、失業保険給付を受けると、その額は3万ドルに増える。支援は過大であると、サマーズ教授が指摘するのも無理はない。そしてサマーズ教授は「私は、財政刺激策が不十分であるリスクは、過剰な財政政策よりも小さいと判断している」と、バイデン大統領とは逆の主張を展開している。

成長率の急反発には危うさが潜む(Bloomberg)
成長率の急反発には危うさが潜む(Bloomberg)

 サマーズ教授は巨額の財政刺激策によって政府は二つの深刻な問題に直面すると指摘する。

 一つはインフレ圧力が高まることだ。そうなれば金融の安定性が損なわれ、ドル安が進むことになる。サマーズ教授は、適切な対応を取れば管理可能だが、問題は“政府やFRBはインフレの可能性を頭から無視”していることにあると懸念を示す。

 もう一つ、米国経済はコロナウイルス問題以前から、(1)経済的不平等、(2)低成長、(3)公共投資の不足──という構造的な問題を抱えていた。米国救済計画法には、そうした構造的問題に取り組む政策が盛り込まれていないと批判する。

 コロナ禍が収束してから構造問題に取り組むことができるのかと疑問を呈する。公共投資を増やすことになれば、さらに財政赤字は長期にわたって拡大することになる。サマーズ教授は2度目の『ワシントン・ポスト』紙への寄稿の中で「今後数年間、インフレ圧力を高めないで実行できる財政刺激の水準に関する分析を行うことが重要である」と主張している。

500兆円に迫る供給額

 FRBとIMFは21年の経済成長率を5%程度と見ている。だが、ゴールドマン・サックスは予想成長率を2月に上方修正し6・8%と予想している。格付け会社ムーディーズも8%成長を予想している。こうした予測が現実のものになればインフレ圧力の高まりは避けられない。そうなればFRBは金利引き上げを迫られる。ゴールドマン・サックスは利上げのタイミングが来年後半から前半に早まる可能性があると指摘する。そうした見通しを背景に年明けから長期金利は着実に上昇している。

 昨年3月から既に総額で4兆4000億ドルの景気刺激策が講じられている。過剰な財政刺激策で景気過熱とインフレ圧力の高まりを招き、利上げを迫られるというサマーズ教授の予想が現実化する可能性は否定できない。

 米政権の来年度予算案は刺激的な内容になる可能性がある。22年の中間選挙を控え、インフレリスクを冒してでも景気浮揚を図りたいというのが本音であろう。金融市場や株式市場は、そうしたシナリオを読み込みつつある。

(中岡望、ジャーナリスト・元東洋英和女学院大学副学長)

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