インタビュー ハワード・マークス 「景気後退はまだ起きない 米国は金融正常化に踏み出せ」
ハワード・マークス オークツリー・キャピタル・マネジメント共同会長
強い消費の戻りが景気を底上げする──。不良債権やバリュー投資で15兆7000億円を運用する世界最大級の資産運用会社のトップに話を聞いた。
(聞き手・構成=岩田太郎・在米ジャーナリスト)
── 米国経済と金融市場をどう予想するか。
■今年7~9月期に消費が大きく伸びる可能性があると予想する。(1)新型コロナウイルスの追加対策としての財政出動の規模、(2)物価・金利の動向を基にした強めの景気予想、(3)順調なワクチン接種による集団免疫の獲得──が理由だ。
株式市場では、新規上場(IPO)銘柄は株価が上昇している。ほとんどの資産で、価値が高めだが、過剰評価でもないだろう。低金利によって資産価値が底上げされているので、高すぎることはないし、バブルでもないと思う。
インフレ放置に疑問
── 米経済は2021年にどの程度成長するか。コロナ禍での落ち込みの反動から6%成長を見込む向きもある。
■足元は失業給付申請が増え、新規雇用も弱い。米国人口のわずか5・5%しかワクチン接種を受けていない。1~3月期はプラス成長ながら低調だろう。
だが、年末にかけて成長は加速すると予想する。小売り、生産者価格などで、ポジティブな兆しがすでに出ている。20年は連邦政府からの給付金によって、実質個人所得が20年ぶりに増えた。しかし、コロナ禍による外出制限でお金を使えない人が多かった。こうした反動で1兆5000億~2兆ドルの消費が見込める。その結果、今年10~12月期の経済成長は非常に強いものとなろう。
── 雇用もそれに合わせて改善するか。
■そう思う。米労働者のほとんどは外出制限解除後の職場復帰を果たしたが、外食やホテルなど非常に多くの人を雇用する産業の回復が遅れている。だが、10~12月期までには、おそらく60%の人々の生活が正常に戻り、ビジネスもほとんどが再開できるだろう。現在正常な生活に戻っている人の割合は25%程度と見ている。
── 金融市場の楽観はどれくらい続くと思うか。
■現在の市場の楽観は高いレベルだと思う。経済がまだ低調なのに、なぜ資産価格が高いかといえば、市場が回復を予想しているからで、理論的には市場はまだ上げ続けられる。しかし、資産価格はすでに経済回復を織り込み済みでもあり、今後の上昇は緩やかかもしれない。経済が上向く局面で、市場が暴落するとは思えない。従って、景気後退はあと数年起こらないかもしれない。
── 銅、小麦など商品市況が一斉に上昇中だ。ビットコインにも資金が流入している。
■世界経済は改善傾向にある。中国は特に鮮明だ。ファンダメンタルズ(経済の基礎的要因)では、経済活動がより活発になれば需給が逼迫(ひっぱく)し、銅などの価格上昇が起こる。投機目的で上がることもある。人々が「もうすぐインフレが来る」と思ったらどうするか。通貨の価値が下がる前に、商品を買い付けるだろう。
ただし、ビットコインは予想し難い。株式や債券、実物不動産は現金を生み出し、何が適正価格かを決められる。しかし、キャッシュフローのないビットコインは本質的価値、公正かつ適正な価格が判断できないという問題がある。
── 連邦政府が経済刺激策として大規模な財政支出を行う中、インフレが起こる可能性が高いと指摘する識者が増えてきた。
■古典経済学によれば、政府が数兆ドルの流動性を供給するとインフレにつながる。米国の財政赤字はかつてなかったレベルに達しており、さらに、これまでなかった速度で増大を続けている。経済学の知見ではインフレ予想が高まる。米連邦準備制度理事会(FRB)は、特にインフレを心配していないようだが私は合点がいかない。
── ローレンス・サマーズ元財務長官は、FRBが市場の予測よりも早い時期に、量的緩和を縮小させる「テーパリング」を開始するだろうと予想している。
■自由主義経済、資本主義を信奉する我々にとっては、自由市場は資源分配に最適な仕組みだ。だが、マネーに関してはFRBが政策金利を設定するため自由市場がない。米国は自由主義経済の国だから、市場の操作から手を引くのがよいと思う。だから、FRBは早期にテーパリングを行うべきなのだ。政府の市場介入を縮小させるということだ。
13年と18年にFRBがテーパリングを行おうとした際、株式市場は暴落した。FRBは不況の防止が役割であるかのように振る舞っているが、不況を永遠に防ぐことは不可能だ。さらに相場安定化も役割であるかのように振る舞うが、政府が株価を設定するのは適切ではない。
個人も相場動かす時代
── 個人投資家たちがネット上で結託して、米ゲーム販売店ゲームストップの株価をつり上げ、機関投資家に大損をさせた、いわゆる「ロビンフッダーの乱」をどう見るか。
■米ゲーム販売店ゲームストップという一つの弱小銘柄で起きたことに過ぎない。1929年の暗黒の木曜日や、87年に株価が23%近くも下落したブラックマンデーのような出来事ではない。17世紀オランダのチューリップバブルのような一時的な急騰の例として語られるようになるかもしれない。
ただし、チューリップバブルは何年もかけて形成されたが、ゲームストップ株の急騰は数日という短い期間に起こった。その違いは、コミュニケーションの発達に起因するものだと思う。ソーシャルメディアなどで過剰なコミュニケーションが行われる現代は、組織運動が起こりやすい。インターネットの掲示板で数千人が瞬時に打ち合わせができる。それが相場の乱高下を引き起こす。
── ロビンフッダーの乱を、「株式市場の民主化」と捉える向きもあった。
■民主化は、コミュニケーションの変化と関連している。情報はより早く拡散し、結託した動きも、より早くなる。コロナ禍により、より多くの個人投資家が市場参加者となり、急騰を支えたことも大きい。従来はめったに見られなかった現象だ。
(インタビューは2月23日)
■人物略歴
Howard Marks
オークツリー・キャピタル・マネジメント共同会長兼共同創業者。
1946年4月22日生まれ。1967年にペンシルべニア大学ウォートン・スクールを成績優等で卒業、69年にシカゴ大学経営大学院にて経営学修士(MBA)を取得後、シティコープやTCWグループでリサーチやハイイールド債投資を担当。95年にオークツリー設立。顧客向け投資メモが「示唆に富む」として名物となる。主な著書に『市場サイクルを極める 勝率を高める王道の投資哲学』(日本経済新聞出版)。74歳。