需要爆発でダウ一段高も 消えない金融危機の火種=神崎修一/桑子かつ代/斎藤信世
<バブルか?暴落か? 世界経済入門>
世界的に株価の上昇が続いている。3月15日の米ニューヨーク市場でダウ工業株30種平均(NYダウ)は3万2953・46ドルと過去最高値を更新した。株価の続伸は7日連続となった。(世界経済入門)
これを受け、16日の東京株式市場の日経平均株価も一時3万円台を回復。30年ぶりの高値水準を維持している(図1)。
米国の投資ブームの象徴の一つが、「SPAC(スパック)」と呼ばれる「特別買収目的会社」の急拡大だ。将来成長が見込める株式未公開企業を見つけ出し、買収することを目的とした会社。SPAC自体も上場して資金を集めるが、投資家は、SPACがどの会社を買収するか分からない時点でも投資する。
SPAC市場への投資は年々急増しており、2021年は3カ月足らずで829億ドル(約9兆円、20年は通年で約9兆円)が流入、米国の新規公開株式の総額約1176億ドル(12兆8000億円)の7割を占めている(図2)。
株高を後押しする要因は三つある。(1)中央銀行に当たる米連邦準備制度理事会(FRB)の大規模な金融緩和による過剰流動性、(2)米政府の巨額財政出動、(3)ワクチンの接種開始──だ。
株高とともに米国経済も急速に回復している。2021年の経済成長率は、20年のコロナ禍による落ち込みの反動もあり、6~8%の高成長を予想する機関投資家も増えている。
市場には「この基調が続けば、株価は、まだ上昇余地がある」という見方がある一方、株価は足元の企業業績に対して市場の期待が先行して上がる過熱状態にあり、「バブルの様相を呈している」との見方もある。何かのきっかけで期待が剥げ落ちれば「株価は一気に崩れる」との懸念がくすぶる。
実際、株価と逆相関の関係にある長期金利が、景気回復期待を受けて1・6%台に急騰した2月25日、NYダウは前日比で559ドル急落した。
ダウ3万5000ドル超え
今の米株市場はバブルか。
元日本銀行理事の門間一夫・みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミストは、「多少の過熱感は見られるが、株価水準は実体経済と整合的であり、バブルとは言えない」と指摘する。長期金利の上昇も、株の過熱を抑える意味では「悪い上昇ではない」という。
長年、米株を見続けているストラテジストの松川行雄氏は、「真のバブル」は、経済が成長し長期金利が上がる中で、株も業績期待を超えて上がるような「景気の過熱」状態を言うが、現状は長期金利の水準が低すぎるという。ただ、「(1)過剰流動性(大量のマネー)、(2)景気急回復、(3)ペントアップ・デマンド──の三つが重なれば、バブルの一歩手前まで行っても不思議はない」という。
特に注目すべきは「ペントアップ・デマンド」、すなわち“繰り越し需要”の蓄積だ。人々の消費意欲は、コロナ禍による経済活動制限で強制的に抑え込まれた。一方で、米国では今、現金給付と消費抑制により「家計の貯蓄」額が大きく膨張し、昨年1年間で、日本円換算で約290兆円も増えた。今後、経済制限の解除と景気回復を背景に、たまりにたまった需要が爆発し、膨大な貯蓄が取り崩されて一気に消費に向かえば、米国経済は強いバブル色を帯びる可能性が高い。
景気回復という株価上昇の主要因に加え副次的な要因として「株の待機資金」と言われるマネー・マーケット・ファンド(MMF)も4兆3000億ドル(約450兆円)規模に膨らんでいる(図3)。
4~6月に米消費者物価が“恒常的に2%を超えてくる”と見る松川氏は「FRBが今の緩和政策(3月16日時点)を維持すると仮定し、他の一切のリスクを排除した場合、NYダウの価格は、6月半ばに3万5000ドルを大きく超えてくる可能性がある」という。
今後の米株の動向のカギを握るのは、FRBの金融政策ということになる。現時点で、3月16~17日の米連邦公開市場委員会(FOMC)では金融政策に大きな変更はないと見られる。
「需要爆発↓物価高騰(インフレ)↓金利急騰↓株価暴落」という懸念があるなかで、FRBが辛抱強く緩和を維持する理由の一つは、13年にバーナンキ元FRB議長が「テーパリング(緩和縮小=金融引き締め)」を示唆したことが引き金となって、金利が急騰し株価が暴落した「バーナンキ・ショック」の教訓がある。
もう一つ、インフレが大幅に上昇してもFRBが動かない理由があるとすれば、「日本のように、デフレになったら、“もう二度と元には戻れない”という恐怖からだ」(門間氏)。
FRBはリーマン・ショック以降、量的緩和と財政出動を繰り返してきたが目標の2%の物価上昇率には届かず、「低インフレ」から抜け出せずにいる。このまま日本化すれば金利を上げられず、金融政策の「のりしろ」を“永遠”に作れない。これが、FRBがインフレリスクを冒してまでも緩和を続ける本当の理由かもしれない。
緩和継続でも暴落リスク
緩和維持は株高には好都合だが、世界は不確実性だらけだ。
例えば、足元では、世界景気の回復基調を背景に穀物価格が急騰しており、これをきっかけに、FRBも容認できないほどインフレが高まる懸念もある(詳しくはこちら)。そうなれば、金融引き締めも十分あり得る。
また、リーマン・ショック後、銀行など金融機関に対する規制強化で、金融危機のリスクは小さくなったと言われるが、規制の“網の外”で投資が過熱し続けているのが冒頭のSPACだ。
この先、景気の腰折れで経済環境が悪化すれば、SPAC経由で資金を集めた株式未公開企業が破綻し、「それをきっかけにSPAC自体も破綻して金融危機に発展する可能性もある。SPACは市場のかく乱要因になり得る」(証券アナリスト)。
リスク恐れない日本の個人投資家 「まだまだ“バブル感”足りない」
コロナ禍からの景気回復が鮮明になる中、日本でも個人の投資意欲が高まっている。少ない資金で何倍もの取引が可能になる「信用取引」や「オプション取引」が活発だ。
自宅のパソコンで株式の個人トレーダーとなった50代の元外資系金融マンは、妻の出勤後、ビデオ会議で以前の同僚や大学時代の友人らと金利の動向について意見を交換する毎日だ。「米国も日本も株価がかなり高い。人生100年を生きるための資金をためるチャンスだ」と話す。
経済に対する投資家の景況感を測定する指数である「センティックス投資家信頼感指数」は、20年後半から鮮明で3月は5カ月連続の20・5と3年ぶりの高水準となった。
東京証券取引所によると個人投資家の株取引のうち信用取引は6割を超える。信用取引の買い残高(委託と自己の合計、東京・名古屋2市場、制度信用と一般信用の合計、2月26日時点)は2兆9743億円と2年3カ月ぶりの高水準だ(図4)。
日経平均株価は2月に3万円の大台を30年6カ月ぶりに達成した後、上値が重たい展開になっているが、少しでも下がれば株価が割安になった時を狙う「押し目買い」の好機となっている。外資系金融会社の男性は「証券会社にとり、こんなもうけ時はない。株価はまだ上昇余地がある。主婦や知識がない人までこぞって買うようにならないと、本当のバブルではない。まだバブル感が足りない」と意欲を見せる。
株高警戒の機関投資家も
一方で、主要国の中央銀行の超金融緩和策による流動性供給を背景にした株高基調が、転換点を迎えたのではないかとの見方も、日本の投資家の間でじわじわと広まっている。
日銀はコロナ禍の20年3月にETF(上場投資信託)の買い入れ目標額を6兆円から12兆円に拡大したが、株高傾向の下で足元の買い入れ額は目標を大幅に下回って推移している。
『しっかり貯まる企業年金』と商標登録した西日本機械金属企業年金基金の木口愛友・運用執行理事は「各国政府・中央銀行がこれまで以上の追加対策を出すとは考えにくい」と指摘する。金融相場の効果が今後、剥がれていくことで、株式市場が調整に入る可能性は十分にある。
(神崎修一・編集部)
(桑子かつ代・編集部)
(斎藤信世・編集部)