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法務・税務 さよなら所有者不明土地

遺産分割 特別受益・寄与分の主張 相続開始後10年までに=吉田修平

大相続時代に知っておきたい知識 (Bloomberg)
大相続時代に知っておきたい知識 (Bloomberg)

 現行民法には、複数の相続人がいる場合に、「いつまでに遺産分割を行わなければならない」とする規定はない。また、遺産の中には価値の高い物も低い物もあり、特に、財産的価値の低い山の中の土地などは、相続人の誰も取得を希望しないため長期間遺産分割がされず、その結果、所有者が特定できなくなってしまったり、特定できてもその所在が不明になってしまう場合が生じる。いわゆる所有者不明土地問題である。(不動産法制)

 このような所有者不明土地を発生させないための方策の一つとして、今通常国会に、民法などの改正案が提出され、相続開始時から10年を経過した後にする遺産の分割については、相続人が特別受益と寄与分を主張できないこととされた。

 特別受益や寄与分とは何か、民法改正によって何が変わるのか。次のような想定ケースで考えたい。

 父が亡くなり、遺産は自宅(評価額4000万円)と預貯金(2000万円)だった。父は、生前、長男にマンションの購入資金として1000万円を贈与していた。長女は、足が不自由になり車椅子を使用するようになった父のために、自宅をバリアフリーに改造し、その費用500万円を負担した。

 特別受益とは、共同相続人の中の特定の相続人が被相続人から遺贈を受けたり、婚姻や生計の原資として贈与を受けたときの利益のことをいう。想定ケースでは、長男が贈与された1000万円が当たる。

 特別受益の価額を、被相続人が相続開始時に有していた財産の価額に加算したものを相続財産とみなす。その上で、各共同相続人の相続分が算定されることとなる。共同相続人の中に特別な利益を受けた者がある場合は、一種の遺産の前渡しなので、それを無視して各人の相続分を算出することは不公平であり、かつ被相続人の通常の意思にも反するからである。

 寄与分とは、共同相続人の中に被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与・貢献をした者がいた場合に、相続分に加えて、寄与に相当する額の取得が認められる取り分のことをいう。このような貢献が認められなければ、やはり共同相続人間の公平を害することになるからである。想定ケースでは、長女が自宅改造のために出費した500万円が当たる。

期限後は法定相続分で

 想定ケースで特別受益・寄与分を考慮した場合に、どのように遺産分割されるのであろうか。

 法定相続分は、母が2分の1、長男と長女はそれぞれ4分の1である。残存する遺産は6000万円であるが、長男の特別受益1000万円が加算され、長女の寄与分500万円が差し引かれる。各自の取り分は以下のように計算される。

(残存する遺産の総額)4000万円+2000万円=6000万円

(長男の特別受益)+1000万円

(長女の寄与分)-500万円

(修正された遺産の総額)=6500万円

(母の取り分)6500万円×2分の1=3250万円

(長男の取り分)6500万円×4分の1-1000万円=625万円

(長女の取り分)6500万円×4分の1+500万円=2125万円

 改正案では、父が死去した後10年以上が経過すると特別受益と寄与分の主張は認められなくなるので、遺産全体を残存する6000万円として、法定相続分に従って分割することになるため、母は3000万円相当、長男と長女はそれぞれ1500万円相当ずつを相続できる。

 もし、母と長女が、長男の特別受益の主張をしたい場合、長女が自身の寄与分の主張をしたい場合は、父の死後10年以内に家庭裁判所に遺産分割の申し立てをしなければならない。

 それではなぜ、一定期間が経過した後の特別受益や寄与分の主張を制限することで所有者不明土地の発生が防止できるのであろうか。また、その期間はなぜ10年なのであろうか。

 相続が開始しているのに遺産分割をしないで長期間放置しておくと、その後さらに相続が発生することにより多数の相続人が生じる。遺産分割は相続人全員で協議し、合意しなければならないので、相続人が増えれば増えるほど困難となる。ひいては、所有者不明土地の発生につながる。しかも、長期間経過後は証拠なども散逸するので特別受益や寄与分の証明は難しくなる。そこで、証明が困難となっている特別受益や寄与分の主張を制限し、そのような主張をしたければ一定の期間内に分割を行えとすることで、遺産分割を促進しようとしたのである。

分割の先送りは要注意

結婚資金の贈与も「特別受益」に (Bloomberg)
結婚資金の贈与も「特別受益」に (Bloomberg)

 次に、期間が10年とされた根拠としては、他の制度との整合性を取ったことが挙げられる。民法には、法定相続人の最低限の権利として定める「遺留分」が侵害された場合に金銭請求できる「遺留分侵害額請求権」があるが、請求権の消滅期間(除斥期間)は10年である。債権の消滅時効も、権利を行使することができる時から10年である。

 特別受益や寄与分の主張は共同相続人間の公平を図るために法定相続分を修正するものであるから、その主張が短い期間で制限されることは相続人の権利を不当に制限するおそれがある。他の制度との比較からも、10年という期間はふさわしいものと考えられる。

 期間を経過した場合に特別受益や寄与分の主張が制限される結果、遺産は法定相続分の割合に従って分けることが原則となる。実際の遺産分割の手続きでは、法定相続分を基準として、どの相続人がどの遺産を具体的に取得するのかが協議される。この過程で、たとえば想定ケースでは、母の年齢や収入などを考慮して、母に配偶者居住権を取得させることなども可能となる。

 想定ケースのような場合、母の存命中は自宅に住んでもらい、母が死去してから父・母の遺産分割を合わせて行うことも珍しくない。しかし、母の死去が、父の死去後10年以上たった後になると、長女は特別受益と寄与分の主張ができなくなってしまうので注意を要する。

(吉田修平・吉田修平法律事務所 弁護士)

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