週刊エコノミスト Online

松山英樹は? 専門家3氏が独断厳選 日本スポーツ界の3大偉業 

 テレビでオーガスタの日差しが弱まるにしたがい、日本の空は明るくなっていった。松山英樹のマスターズ優勝、日本男子初のメジャー制覇だ。では、日本スポーツ界全体で見ると、どれくらいの偉業なのか? 同じような快挙は? 専門家3氏に厳選してもらった。

マスターズは間違いなく偉業の一つ

 まずはスポーツ文化評論家として、テレビでもおなじみの玉木正之氏だ。

「間違いなく、松山のマスターズ制覇は3大偉業の一つだ」と即答した。

 編集部としては、無理を承知で日本選手や日本スポーツ界の偉業を三つ選ぶようにお願いした。「無理」というのはスポーツの見方や楽しみ方、「偉業」の基準は実に多様で、公序良俗に反しない限り、そうであって良いはずだからだ。ただ、「無理」を聞けるのも松山の快挙があったからこそ。めでたさもあってか、後出の〝見巧者〟も含め、各氏は快く答えてくれた。

 それで玉木氏だ。松山は米オーガスタ・ナショナルGCで4月8~11日に開催された男子ゴルフのメジャー大会、マスターズ・トーナメントで初優勝した。日本選手がマスターズに初参戦して85年、メジャーに挑戦して約90年。尾崎将司、青木功、中嶋常幸、丸山茂樹、片山晋呉らトッププロがはね返され、松山自身も10回目の挑戦で栄冠を手にした。「まさに『偉業』と呼べる」と玉木氏は語る。

「悲観論」はねのけた野茂英雄

 では、残り二つは?

「野茂英雄、イチロー、大谷翔平は甲乙つけがたい」

 日本球界から米大リーグ(MLB)に挑戦した3選手を挙げたが、いきなりあふれてしまった。ちょっとつらい。絞り込みを促すと玉木氏は野茂を選出した。

「海外挑戦のパイオニア的存在。MLBで1995年にアジア人初の新人王に輝き、その後もノーヒット・ノーランを2回、最多奪三振を2回獲得した」(玉木氏)

 日本選手〝未開の地〟に乗り込んで実績を残したことに加え、国内の悲観論をはねのけたことも称(たた)える。

「野茂がMLB挑戦で日本を発つ時、日本の野球関係者のほとんどは、『半年で尻尾(しっぽ)を巻いて日本に逃げ帰ってくる』とこき下ろした。日本特有の悲観論だ。しかし、自分のスタイルを貫き、日米両国をあっと言わせた。まさに偉業です」(同)

 このように海外に「壁」が立ちはだかっているように見えるのは、実は日本特有の〝バッシング〟があるからだと玉木氏は語る。

「常に新しいことに挑戦する者に対し、解説者やOBなどは悲観的で批判的」

体操日本男子の栄光を忘れるな

 そのアンチテーゼとして最後に挙げるのは、体操日本男子の栄光の軌跡だ。

「五輪は60年ローマから団体総合で5連覇。近年も2004年アテネと16年リオデジャネイロで団体総合を制した。元々、世界でも通用するスキルがあることを証明した」(同)

 低迷期もへて〝お家芸〟を復活させた「体操日本男子の存在を忘れてはいけない」と玉木氏は力説する。

日本人の「壁」を破った中田英寿、田臥勇太

 続いては、スポーツライターの増島みどり氏だ。同氏は、昨年6月、スペインのスポーツ紙『マルカ』の特集記事「21世紀の偉大な男子アスリート100人」を、スポーツの世界的な勢力図の一例に挙げた。

「日本選手は23位の内村航平(体操)が最高位でした。次いで62位に羽生結弦(フィギュアスケート)、99位に北島康介(水泳)が入ったのみ。野球は米国や欧州の一部、日本、韓国、台湾などの東アジア中心で、MLBからは43位バリー・ボンズ、74位アレックス・ロドリゲスの2人だけがランクインしました。米国中心の勢力分布図と、欧州やアジア、また各大陸とも異なるのが面白い」(増島氏)

 その点を重視し、選んだのはサッカーの中田英寿だ。1998年にJリーグ・ベルマーレ平塚からイタリア1部・セリエAのペルージャに移籍して活躍。翌季途中に強豪ローマへ移籍し、2000―01年シーズンは中田の貢献もあって優勝。今もローマサポーターに熱狂的な歓迎を受ける。

「サッカーは技術とともにコミュニケーション能力も必要な競技。言葉が通じなければ、パスももらえない。中田は高校時代から海外を視野に入れ、英語、イタリア語を勉強していた。道を開いただけでなく、実績も築いたことは間違いなく偉業でしょう」(同)

 日本人にとっての厚い壁を打ち破った、と増島氏が指摘するのは、米プロバスケットボールNBAの公式戦に日本人で初めて出場した田臥勇太(現Bリーグ・宇都宮)だ。

「日本にはまだプロリーグもない中、単身で渡米した。身長173㌢と小柄ながら、卓越したドリブルと、視野の広いパスワークを武器に、サンズに入団。誰もイメージできなかった挑戦が今、八村塁、渡辺雄太らの活躍につながっている」(同)

 秋田・能代工高時代から脚光を浴び、NBAへの道を開いた挑戦は称賛に値するという。

フェデラー、錦織が絶賛する国枝慎吾

 そして、世界標準の偉業に相応しいアスリートは、「プロ車いすテニスプレーヤーの国枝慎吾だ」と増島氏は語る。

「4大大会のシングルス優勝24回、パラリンピック金メダル三つ、前人未到の107連勝。記録もさることながら、技術的な変革は世界的にも高く評価されています」(同)

 車いすテニスは球が自陣に返ってきた際、2バウンドで打ち返していいルールだ。国枝は高速で車いすを操作するチェアワークを習得。1バウンドで返す技術は車いすだけでなく、フェデラー、錦織圭らトップ選手にも絶賛されている。

「テニスでは錦織や大坂なおみの活躍が目覚ましいが、両選手以上の偉業を国枝は成し遂げていると言っていいでしょう」(同)

イチローとカズのメッセージ力

 3人目はNHKのスポーツアナウンサーとしてサッカー実況が有名で、解説委員も務めた山本浩氏だ。現在は法政大スポーツ健康学部教授を務めるが、まずはMLBから挙げた。

「イチローです。野球は戦前から日本に渡り、親しまれてきた競技ですが、チームスポーツとしての〝集団性〟が重視されてきた競技でもある。しかし、イチローは個人としての技量を突き詰め、成功を遂げた」

 MLB通算3089安打、日米通算安打4367本、04年にはMLBのシーズン最多安打記録を更新する262安打をはじめ、数々の金字塔を打ち立てた。だが、その偉業はこれらにとどまらない。

「観客の記憶に残るようなプレーを常に心がけ、インタビューなどでも自分の言葉で数々の名言を残した。寡黙が美徳と見られていたアスリートが、メディアとしての役割を担ったパイオニアでもあり、特筆すべき存在です」(山本氏)

 サッカーは「カズ」こと現在はJ1・横浜FCの54歳、三浦知良を挙げた。

「1993年のJリーグ開幕は、カズの活躍によって成功したと言っていい。10代でブラジルに渡り、帰国後は華麗なドリブルで観客を魅了し、ゴールを決めると〝カズダンス〟と呼ばれるパフォーマンスで人気を博しました」(同)

 歩んできた道のりは、決して順風満帆ではない。

 94年にイタリアのジェノアに移籍し、アジア人初のセリアAプレーヤーとなった。だが、ケガも重なり、目立った活躍もできずに帰国。98年のワールドカップ(W杯)フランス大会出場をかけたアジア最終予選のイラン戦でカズは先発だったが、後半に途中交代。W杯本選は直前に代表出場メンバーから漏れた。

「天国から地獄を味わった。それでもカズは現役にこだわり、今もなおプレーしている。カズは言葉よりも態度やプレーでメッセージを送り続けている」(同)

 全く異なる道を歩んでいるように見えるイチローとカズ。山本氏はなぜ、この2人を挙げたのか。

「両者にはメッセージ力の高さという共通点がある。今やアスリートは成績とともにメッセージ力が求められているのです」(同)

「生き方」も発信する日本女子マラソン界

 この観点でいくと、日本女子マラソン界もメッセージ力の高さが際立っていると指摘する。これが山本氏の挙げる三つ目の偉業だ。

「92年バルセロナ五輪で銀、続く96年アトランタ五輪で銅を獲得した有森裕子。2000年シドニー五輪で金に輝いた高橋尚子。04年アテネ五輪で金の野口みずき。3選手は記録も素晴らしいが、発信力の高さにも注目します」(同)

 有森は引退後、対人地雷被災者の支援をするNPO法人や、アスリートのマネジメント会社を立ち上げた。一方で日本陸連の役員なども歴任している。高橋はスポーツキャスターやマラソン解説者のみならず、大学で教鞭を執るなど活動は多岐にわたる。

「彼女たちのメッセージは技術論だけにとどまらず、女性の生き方など幅広い。10代の競技者、その親世代、多くの女性層にも影響を与え続けています」(同)

 3氏に日本スポーツ界の〝次なる偉業〟も聞いた。

バロンドール受賞者誕生に期待

 玉木氏はサッカーの男子日本代表に注目している。

「ヨーロッパに活躍の場を求める選手が増え、今後、さらなる活躍が期待できるでしょう。欧州や南米に比べて『弱い』という定説を打ち破ってほしい」

 増島氏もサッカーだが、視点が大きく違う。

「海外で日本人選手が活躍することは不思議ではなくなった。あえて『偉業』と呼べる次のサプライズは、バロンドール(フランス専門誌選出の世界年間最優秀選手賞)を受賞する選手が出てくること。今はまだ中学生か小学生の子が獲(と)れれば、まさに偉業ですね」

 山本氏は陸上の男子400㍍リレーに注目する。

「陸上で唯一、チームスポーツのリレーは、選手を支えるスタッフも含め、総合力が求められる種目で、世界が驚く結果を生み出す可能性があります」

 繰り返す。こんな無理なことは「お祝いムード」がないと聞きづらい。そんな偉業をアスリートが、また実現してくれることを願っている。

 4月20日発売の「サンデー毎日5月2日号」は、ほかに「古賀茂明元経産官僚が直撃 官僚たちよ!忖度の奴隷解放宣言」「本当にそれで安心?しなくていい終活 ▽葬式も墓も要らないから」などの記事も掲載しています。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事