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文在寅大統領が「死に体」でも政権交代は別問題の理由とは

支持率低迷に苦しむ文在寅大統領(Bloomberg)
支持率低迷に苦しむ文在寅大統領(Bloomberg)

 韓国の文在寅大統領が就任以来の支持率低迷に苦しんでいる。

文政権を支えてきた与党・共に民主党は4月7日のソウル、釜山両市長選に惨敗し、来年3月に迫る大統領選に向けて大きくつまずいた。ただし、市長選に大勝した野党陣営も、大統領選への展望は開けていない。今回の勝利によって勢いづいたとか、有利になったと言えるような状況ではない。1年後の大統領選の行方は、全く読めない状況だ。

1年後の政権交代はあり得るのか…(Bloomberg)
1年後の政権交代はあり得るのか…(Bloomberg)

そもそも、韓国政界には、二つの市長選の結果が大統領選に直接的な影響を及ぼすと考える人はいない。大統領選までの残り10カ月ほどの間に、何が起きるかわからないからだ。韓国選挙事情は、日本とは比較にならないほど波乱万丈で、ジェットコースターのように激動する。その顕著な例が、盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏が「大逆転劇」で勝利した2002年の大統領選である。

セクハラに端を発した市長選

 まず、今回の二つの市長選についておさらいしておこう。

 両市長選は、いずれも前任市長のセクハラ疑惑をきっかけとする補欠選挙だった。ソウルでは朴元淳(パクウォンスン)市長(当時)が元秘書の女性からセクハラの疑いで告訴され、自殺。釜山では呉巨敦(オゴドン)前市長が女性職員の体に触れたセクハラ疑惑で昨年4月に辞職している。

選挙後の世論調査によると、両市長選での野党候補の勝因は何かという質問への回答は、「与党が駄目だったから」が61%、「前任市長への審判」が18%だった。野党の政策や候補が良かったからという回答は、合計しても7%にすぎない。野党の勝因が「敵失」だったことは明らかである。

 一方、与党の敗因を聞く質問では「住宅、不動産政策」が43%、「過ちを認めない態度」が18%、「一方的な政策推進」が15%、「前任市長の過ちへの対応」が10%だった。後の三つは与党の「傲慢な姿勢への批判」とまとめられそうだ。つまり、不動産政策への不満と傲慢姿勢への批判がそれぞれ43%ということになる。

 不動産政策については、現政権下での不動産価格高騰への不満が根強かった。そこへきて、選挙1カ月前に、土地住宅公社の職員たちが内部情報を基に土地投機をしていたという疑惑が浮上した。数十人の職員が投機的取引に手を染めていた疑いがあり、世論の怒りは爆発。さらに、投票日の10日ほど前になって、大統領側近である金尚祖政策室長を巡る不動産スキャンダルが発覚する。金室長は昨年7月、家賃の引き上げ幅を規制する法律が施行される直前に、自身の所有する物件の家賃を大幅に引き上げていたのだ。

文在寅政権は2020年4月の総選挙で圧勝して「傲慢」になったといわれる(Bloomberg)
文在寅政権は2020年4月の総選挙で圧勝して「傲慢」になったといわれる(Bloomberg)

身内に甘い傲慢姿勢への不満も噴出

 金室長の一件は、現政権の「傲慢な姿勢」にもつながる。

文政権は「積弊清算」と称して前政権の不正腐敗を徹底追及したが、身内には甘かった。娘の不正入学や不透明な資産運用疑惑で起訴された曺国(チョ・グク)元法相を、最後までかばおうとしたのが典型例だ。政策推進にあたっても、身内の論理を優先し、反対派は無視するか、押しつぶそうとする傾向が強い。

 昨年4月の総選挙で圧勝して以降、そうした姿勢はさらに露骨になった。総選挙での圧勝は、新型コロナウイルスの感染拡大をいったん抑え込み、政権支持率が高まった絶妙のタイミングとなったことも大きい。保守派政党は長期低落傾向にあるため、そうした追い風がなくても与党が勝利した可能性は高いものの、圧勝とまではならなかったはずだ。それを自分たちへの強い支持だと勘違いして暴走してしまった。今回、逆風の中での市長補選となったことで、政権への批判が一気に表面化したと言えるだろう。

 にも関わらず、与党主流派からは「これまでの改革が不十分だったから負けた」という主張が出ており、自省の念が全く見られない。「曺国スキャンダルを反省すべきだ」と声を上げた若手議員には、「文派」と呼ばれる現政権絶対支持の主流派党員から罵詈雑言が浴びせられた。人身攻撃のような様相を呈しているのに、党有力者の多くは文派の反発を恐れ、沈黙する有様だ。段階的に進められる新指導部選びの第1弾では、文大統領側近の強硬派が院内代表に選出された。

野党は保守強硬路線に先祖返り

 だが、野党も似たり寄ったりなのである。保守系最大野党の国民の力は昨年の総選挙敗北後、「強硬保守」というイメージを捨てて中道路線に寄ることで活路を見出そうとしてきた。最大の勝因は「敵失」だが、この中道路線がなければ政権批判票の受け皿にすらなれなかった可能性が高い。

 にもかかわらず、中道路線を引っ張ってきた金鍾仁(キム・ジョンイン)非常対策委員長が市長選後に退任すると、それまで鳴りを潜めていた保守強硬派が再び動き出した。朴槿恵(パククネ)弾劾の際に生まれた保守強硬派への嫌悪感はいまだ根強いのに、市長選大勝で気を良くして「先祖返り」しかねないのである。もともと野党には有力な大統領候補がいないが、これでは、それ以前の問題である。

選挙1年前には勝ち目のなかった盧武鉉氏

 では、大統領選はどうなるのか。冒頭にお伝えしたように、「1年で何が起こるか分からない」のが、02年12月の大統領選に象徴される韓国選挙事情なのである。

 金大中(キムデジュン)政権の後任選びとなったこの大統領選。最終的には与党候補の盧武鉉氏が制したが、1年前に盧武鉉勝利を予想した人は、ほとんどいなかった。

私自身、02年正月に知人に新年のあいさつの電話をした際、仕事をやめて盧武鉉氏の選挙スタッフに転じたと聞いて、唖然としたものだ。失礼ながら「そんな勝ち目の少ない所に行って大丈夫なのか?」と心配になったのである。

 実際、01年12月に韓国記者協会が新聞社や放送局の記者を対象に、誰が1年後の大統領選に当選すると予想するかを尋ねた調査では、野党ハンナラ党の李会昌(イ・フェチャン)総裁だとする回答が72.6%に達した。与党に絞ると、李仁済顧問が9.7%、盧武鉉顧問は8%だった。盧氏は予備選で終わるというのが大方の見立てだったのだ。

 ところが若年層を味方に付け、うまく波を起こした盧氏は、3月に予備選が始まると急浮上し、4月に与党候補となる。朝鮮日報が4月27日に行った「いま投票するなら誰か」という世論調査では、盧武鉉49%、李会昌36%と逆転している。こうした世論調査のスタイルは韓国メディアではおなじみで、「仮想対決」とも賞される。

 ただ盧氏の好調は長続きしなかった。大統領の息子たちにスキャンダルが発覚し、与党候補である盧氏はその影響をもろに被ったのだ。金大中大統領の三男が5月に逮捕され、6月には二男が逮捕された。6月に行われた統一地方選で与党は惨敗。主要な16大首長選で与党が勝ったのは、強固な地盤の全羅道地域の三つと済州道知事の計4首長だけだった。

 SBSテレビが統一地方選の投票日に行った「仮想対決」調査では、李会昌37.6%、盧武鉉35.6%と拮抗(きっこう)。7月1日付朝鮮日報の調査では、李会昌44.8%、盧武鉉33%と逆転された。

 この年、日韓共催のサッカー・ワールドカップ(W杯)という大イベントがあった。国際サッカー連盟(FIFA)副会長を務め、W杯開催で人気を集めた鄭夢準(チョン・モンジュン)議員(無所属)が第三極での出馬をうかがっていた。前述のSBSは、鄭氏を含めた3人による「仮想対決」調査も実施しており、結果は李会昌29%、盧武鉉28%、鄭夢準17%だった。

盧武鉉氏は大統領選直前に候補に選ばれ僅差で勝利した(Bloomberg)
盧武鉉氏は大統領選直前に候補に選ばれ僅差で勝利した(Bloomberg)

波乱万丈の末の逆転ホームラン

 大統領選の4カ月前の8月には13選挙区で国会議員補選が行われ、与党が2勝11敗と大敗北。与党内では「選挙の顔」となった盧氏への不満が高まり、候補の差し替え論が公然と語られた。東亜日報が補選に合わせて実施した「仮想対決」調査では、李会昌40.4%、盧武鉉31.7%。鄭夢準氏を含めた三つどもえの想定では、李会昌30.8%、盧武鉉20.8%、鄭夢準27.4%となった。

 差し替え論というのは、「盧氏より鄭氏を担いだ方がいいのでは」というものだ。東亜日報の「仮想対決」調査は、これを受けた組み合わせでも行われ、李会昌33.5%、鄭夢準39.7%だった。私はこの頃、国会内の廊下でたまたま盧氏を見かけている。夕暮れ時だったこともあり、一人でとぼとぼと歩く寂しげな姿が強く印象に残っている。

 鄭氏は結局、9月になって新党からの立候補を表明する。10月に夕刊紙・文化日報が行った「仮想対決」調査では、李会昌34%、盧武鉉18%、鄭夢準31%。盧氏は完全に埋没した状態だった。

 この時期には、朴正煕(パク・チョンヒ)政権以来の組織を持つハンナラ党には底力があり、結局は李氏が政権奪還を果たすのだろうという見方が強かった。このままでは勝ち目がないと見た盧氏が仕掛けたのが、鄭氏との候補一本化だった。盧氏と鄭氏の陣営は、世論調査の結果で勝った方が候補になるという前例のない方法での一本化に合意。盧氏が勝って正式に候補となったのは、選挙まで1カ月を切ってからだった。

 政界では選挙戦最終盤まで、「李氏勝利」の見通しの方が強かったが、最後は盧氏が僅差で制した。

韓国政界といえども、ここまで劇的な展開は珍しい。だが、これに近いことは日常的に起きている。10カ月も先のことを見通すなど、とうてい不可能なのである。

 流れを慎重に見極めていくことが必要だ。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数

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