国際・政治 反日韓国という幻想
韓国が今ごろ「日本にラブコール」の怪……文在寅政権は本当に「反日」なのか
IOCのバッハ会長の来日と菅首相との会談によって、東京五輪の開催が現実味を帯びてきた。
コロナ感染拡大の第3波が警戒される中ではあるが、来年の東京五輪開催をめぐってさまざまな動きが進んでいるといえよう。
一方、お隣韓国も、東京五輪への協力を申し出てきているという。
ここ数年、悪化ばかり目立った日韓関係だが、今後改善が期待できるのだろうか。
米大統領選の結果も反映しつつ揺れ動く目下の韓国情勢について、『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)などの著書で知られる毎日新聞論説委員の澤田克己氏のリポートをお届けする。
韓国が対日関係改善に動き出した
対日関係を改善したいという韓国からの発信が、ここにきて目に付くようになった。
多くの人が指摘しているように、手詰まり状態に陥った対北朝鮮政策が背景にあるのだろう。
文在寅政権の対外政策で最優先課題とされるのは北朝鮮であり、他国との関係、特に対日関係はその影響を強く受けている。
気になるのは、文政権の対日政策の「軽さ」だ。
韓国側が期待値を一方的に高めてしまうと、期待外れに終わった時の反動が大きくなりかねない。
とにかく危ういのである。
徴用工訴訟問題は五輪後まで凍結?
まず、11月に入ってからの動きを簡単に振り返っておこう。
国家情報院の朴智元(パク・チウォン)院長、韓日議員連盟の金振杓(キム・ジンピョ)会長らが相次いで来日した。
菅義偉首相と会談した2人は関係改善の必要性を訴え、東京五輪の成功に協力を惜しまないと強調した。
14日にオンライン開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)と日中韓の首脳会議では、文大統領が菅首相を名指しして「お会いできてうれしい」と呼びかけもした。
さらに金氏は帰国後に韓国紙・中央日報とのインタビューで、元徴用工の訴訟で差し押さえられた日本企業の資産の現金化を東京五輪まで凍結する案まで語った。
金氏は前提として、徴用工問題の解決策は既にさまざまな案が出されており、首脳の決断が残っているだけだという現状認識を示した。
金氏はさらに、東京五輪を契機に日韓関係を正常化させ、南北日米という4カ国間の外交的停滞を打開しようという構想も語った。
こうした考えは、「与党と政府、政権すべての意思だ」という。
発足当初は日本にも気を使っていた
文政権の対外政策は北朝鮮問題が最優先である。
とはいえ、なにも「早期統一」を目指しているわけではなく、「平和体制の構築」という情勢安定化が当面の目標として必要だからだ。
文政権は同時に、自分たちが主導権を持たないといけないという「運転者論」にこだわっている。
日本では文政権を当初から「反日」だと見る人たちが少なくないが、それは短絡的な見方だ。
発足当初は、日本との関係を悪化させないようにと神経を使っていた。
それは、基本的に米国への向き合い方と軌を一にしている。
文政権が発足した17年には、北朝鮮が核・ミサイル実験を繰り返していた。
北朝鮮との緊張を緩和させるために何かしたいと考えるなら、日米との関係管理は不可欠だった。
慰安婦合意の見直しを選挙公約に入れてはいたが、実際に出した結論は「慰安婦問題は合意によって解決されなかったけれど、再交渉を求めたり、破棄したりはしない」という煮え切らないものだ。
平昌冬季五輪直前となる翌18年1月に北朝鮮が対話攻勢をかけてきた時も、韓国は米国との事前調整を怠らなかった。
だから日本政府もこの時期には、「文大統領は意外と現実的だ」(外務省高官)と見ていた。
朝鮮半島情勢の「運転者」の自信を深めていたが……
だが、韓国が仲介する形で史上初の米朝首脳会談が実現し、米朝対話が動き出した同年夏ごろから文政権の態度は変わる。
9月に行われた半年で3回目となる南北首脳会談で、米国との調整不足のまま軍事分野の南北合意書に署名したのだ。
同月の日韓首脳会談では、慰安婦合意に基づいて設立された「和解・癒やし財団」について「枯死するしかない」と言い出した。
朝鮮半島情勢の「運転者」になれたと自信を付け、日米との関係に注意を払わなくなったように見えた。
ところが昨年2月の米朝首脳会談(ハノイ)が決裂し、米朝対話は行き詰まった。
今年に入ると南北関係にも暗雲が漂うようになり、北朝鮮は6月に板門店近くの北朝鮮側にあった南北連絡事務所を爆破した。
それでも文政権は、米大統領選前にトランプ氏がサプライズを狙って米朝対話を動かすかもしれないと期待したが、そんなことは起きなかった。
「東京五輪」で南北対話も好転?
文政権は再び転換を迫られた。
そして浮上したのが「東京五輪」である。
金委員長はスポーツを重視しているし、米国との対話の糸口をつかみたいとも考えているだろう。
「無条件で金委員長と会談したい」と言っている菅首相にとっても悪い話ではないはずだ。
バイデン政権も北朝鮮を放っておくことはできまい。
オバマ政権は「戦略的忍耐」と言って北朝鮮を無視したが、この間に北朝鮮の核・ミサイル技術は大きく進展したからだ。
韓国側関係者の話を総合して浮かんでくるのは、こうした思惑である。
要するに、最近の文在寅政権が狙っているのは、東京五輪を契機に南北対話や米朝対話を活性化させるという「大きな絵」の1ピースとしての対日接近だということになる。
本当に日本と信頼関係を築くつもりがあるのか?
北朝鮮を巡る情勢を打開するという目的意識が先走り、日本側の事情や懸念を本当に理解しているのかという疑念をぬぐえない。
「現金化の凍結」などという案には、韓国内でも非現実的という批判が出る始末だ。
そもそも「大きな絵」自体の実現可能性に疑問符を付けざるをえない。
韓国の対日接近には上滑り感があるということになるのだが、日本側にも考えねばならないことはある。
徴用工問題という日韓関係の根幹を揺るがす問題すら、韓国では「対北朝鮮政策を進めるために必要なら解決しないと」という程度にしか考えられていないという現実である。
これは、冷戦終結後の30年間に国際社会での日本の存在感が大きく低下したこと、韓国にとっての重要度は特に大きく低下したことに起因している。
だから日本が力ずくで韓国を動かそうとしても難しい。
昨年の輸出規制が好例だろう。
そもそも外交というのは、双方の体面を保ちながら問題解決を図るものだ。
徴用工問題のように韓国側に前向きな対応を取ってもらうしかないものであっても、動きやすいスペースを作るよう協力することは必要だ。
それに見当違いの判断に基づく対日接近であっても、したたかに利用させてもらえばいい。
ただ、今の日本外交にそれができるだろうか。
あるいは、今回も米国という外圧によって関係改善を余儀なくされるのかもしれない。
「同盟重視」のバイデン米政権が発足すれば、日韓関係の改善を米国から求められる場面が出てくるだろう。
1965年の国交正常化を含め、今までの日韓対立のたびに見られてきたことである。
ただし今回は日韓関係の構造的変化が背景にあるだけに、根本的な関係改善には極めて長期の調整が必要になりそうだ。
澤田克己(さわだ・かつみ)
毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数