教養・歴史書評

アメリカ 保守派は「アンチコロナ専門家本」でウサ晴らし?=冷泉彰彦

 アンソニー・ファウチ博士といえば、米国における感染症行政の権威であり、SARSやエボラ出血熱などさまざまな感染症の制圧に努力したベテランでもある。そのファウチ博士は、今回の新型コロナウイルス感染拡大でも、当初から一貫して感染拡大防止に動いてきた。トランプ時代には、その直言が政権から嫌われた時期もあったが、一切ブレずに自分の立場を貫き、政権交代の後はバイデン政権に重用されている。

 だが、マスク着用を進め、ロックダウンを行うなど社会的な「自由」に制限を設ける感染症対策に対しては、アメリカの保守派は非常にこれを嫌っており、ファウチ博士は敵と見なされている。こうした事情を前提として、保守派向けに書かれた「アンチ・ファウチ博士」本が売れている。保守ライターのスティーブ・ディースとトッド・アーゼンの共著『悪魔に魂を売ったファウチ博士 米国史上最も強権的で危険な官僚』(“Faucian Bargain: The Most Powerful and Dangerous Bureaucrat in American History”)である。

 米国では、バイデン政権が巨額の予算を投入、ここへ来てようやく新型コロナのワクチンが全成人に行き渡る見通しとなった。一方で、経済活動への制限に疲れた保守州では、フライング気味に経済活動の制限を解除している。野球場は満員の観客を入れているし、人々はマスクの着用をやめ始めている。本書は、いわば保守系の読者に向けて、新型コロナ対策に疲れた「鬱憤晴らし」として権威のあるファウチ博士をたたくという、保守による保守のための自己満足本と言えるだろう。

 内容は別に変わったものではなく、コロナ対策における「強制」について、例えば飲食店の営業からマスクの着用まで、延々と「文句」を並べ立てただけのものだ。内容はそれ以上でも以下でもないが、3月26日の発売以来、アマゾンの「最も売れた本」ランキングのノンフィクション部門で1位をキープしている。

 米国では、確かにワクチン接種のメドは付きつつあるものの、変異株の猛威が拡大している。そんな中で、この種の「アンチコロナ対策」本が売れるというのは、バイデン政権にとっては頭の痛い話であろう。

(冷泉彰彦・在米作家)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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