『タックス・ヘイヴンの経済学 グローバリズムと租税国家の危機』 評者・服部茂幸
著者 中村雅秀(立命館大学名誉教授) 京都大学学術出版会 4400円
多国籍企業や超富裕層により横行する租税回避の現状分析
今、世界中の多国籍企業や超富裕層たちがタックスヘイブン(租税回避地)に資産を隠していることは『パナマ文書』『パラダイス文書』などの本で明らかにされている。世界的に格差が広がる中で、今やタックスヘイブンを利用した国際的な租税回避をいかにして防ぐかは、重要な課題の一つである。バイデン政権も、今年4月、法人税の国際的な課税強化を提唱した。
本書が言うようにタックスヘイブンの急拡大の一端は、グローバリゼーションにある。ゆがんだグローバリゼーションが資本主義の内的規範を破壊しているのだ。
本書ではアメリカの多国籍企業の海外子会社の経営分析によって、10のタックスヘイブンの雇用のシェアはわずか7%、売り上げのシェアも24%だが、純所得のシェアは60%を超えることが示される。ここから多国籍企業がタックスヘイブンにペーパー・カンパニーを作り、そこに書類上の利潤を集めていることが想像できる。
経済の金融化やIT化もタックスヘイブンの拡大を支えている。今の国際的な課税の取り決めは財の貿易を想定して作られているために、知的財産権やITサービスの租税回避はやりやすいのである。本書では10のタックスヘイブンとイギリスで、世界のサービス輸出の4分の1を超えていることを指摘する。
この11カ国の大部分(特にイギリス)が大幅なサービス貿易黒字を計上する中、いっぽうでシンガポールとアイルランドは大幅な赤字を計上している。これは両国が導管所得流出拠点(タックスヘイブンで課税逃れした資金を本来の所有者に送り届ける国)の役割をはたしている結果だと言う。
多国籍企業や超富裕層の課税回避は租税国家の危機をもたらした。こうした状況に対応すべく、アメリカやEU(欧州連合)では「租税国家の逆襲」が生じていることも指摘する。しかし、例えば欧州委員会がアメリカの多国籍企業に課税をしようとすると、アメリカ政府が反対するという問題が生じている。EU内部でもアイルランド政府が反対することがあるし、アメリカには国内にタックスヘイブンがある。
現在、IT技術の発展とともに、政府や巨大企業によって個人生活が管理や操作されることへの危惧が広がっている。ところが、同じIT技術の発展は、多国籍企業や超富裕層の租税回避能力を高めることによって、政府の基本的機能をまひさせているのである。
(服部茂幸・同志社大学教授)
中村雅秀(なかむら・まさひで) 京都大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。経済学博士。阪南大学、金沢星稜大学教授を歴任して現職。専門は国際経済学。著書に『多国籍企業と国際税制』『アジアの新工業化と日本』など。