教養・歴史書評

現在の医療危機は平成日本の停滞の縮図だ

『コロナショックの経済学』 評者・井堀利宏

編著者 宮川努(学習院大学教授) 中央経済社 2750円

日本のダメージを定量分析 停滞した平成日本の「縮図」

 新型コロナウイルスの感染拡大で日本経済は大きなダメージを受けた。2021年になっても4月に3度目の緊急事態宣言が出されるなど、先行きは明るくない。本書は20年末までの日本経済にコロナショックが与えた影響を実証的に考察している。

 コロナショックの影響は産業別で異なる。人流が止まって莫大(ばくだい)な損失を出している業界がある一方で、オンラインの進展で潤っている業界もある。政府はコロナ対応の財政金融政策で株高を支えているが、自粛頼みのゆるやかな政策対応が総じて成功しているとはいえない。感染拡大後1年以上が経過しても、コロナ医療やワクチン供給体制で混乱や不備・不足が続いているのは、政策の失敗と見なさざるを得ない。

 本書が指摘するように、医療現場の実情はベッド数はあっても中小の医療機関が多くを占め、一方で感染症に対応できる高度な医療従事者は少ない。これは、中小企業数が多い硬直的な産業構造の中で、有能な人材が不足している日本経済全体の縮図と見なせる。平成の30年間に経済力や技術力が失われた結果、日本経済は構造的な危機に瀕(ひん)しているが、コロナショックは医療分野における非効率な構造を顕在化させた。

 感染症の試算として数学予測モデル(SIRモデル)が古くから活用されてきたが、経済学ではこれを経済行動と結びつけて、感染症抑制と経済活動との相互依存関係を計測する「SIR+経済モデル」が注目されている。第3章はこのモデルに「自発的ステイホーム」という選択肢を取り入れ、感染第1波について説明力が高い試算を紹介する。

 また、韓国のコロナ政策を扱う第5章は、ロックダウンではなくて徹底した感染者追跡と隔離政策を実施した背景に、中国依存経済と自営業の多さがあり、デジタルを駆使して短期的には成功したものの、中長期的な成果は不透明だと指摘する。第6、7、8章はデータに基づく実証分析で、コロナショックが企業退出、失業、働き方にもたらした影響を産業別、地域別に考察している。

 ここ1年あまりでさまざまなビッグデータが利用可能となり、コロナ危機の経済分析が本格化している。本書は日本経済の停滞にも焦点を当てることで、コロナショックの影響を定量分析する試みとして有益なだけでなく、平成以降の経済・社会の閉塞感を克服する方策を模索する際にも参考になる。コロナ危機を踏まえて、日本経済の構造問題に関心のある一般読者、特に若い世代に本書を薦めたい。

(井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授)


 宮川努(みやがわ・つとむ) 東京大学経済学部卒業。日本開発銀行(現日本政策投資銀行)、一橋大学経済研究所を経て現職。マクロ経済学、日本経済論が専攻。著書に『生産性とは何か』『ベーシック+日本経済論』など。

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