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経済・企業 脱炭素の落とし穴

トヨタもホンダも……「脱炭素」で揺らぐ”モノづくり日本”の屋台骨=川端由美

自動車産業の激変は雇用にも大きな影響が及ぶ
自動車産業の激変は雇用にも大きな影響が及ぶ

自動車産業 欧州にハイブリッド排除の思惑 日本のモノづくりは動揺必至=川端由美

 世界的に脱炭素の流れが進む中、「カーボンニュートラル」(炭素中立)を実現するうえで、自動車産業の扱いが重要なカギを握っている。欧州ではガソリンなど化石燃料を燃やして動力を得るエンジン車の販売を縮小、廃止する動きが活発だ。エンジン車の性能を極めることで国際競争力を維持してきた日本の自動車産業は大きな岐路に立たされている。(脱炭素の落とし穴)

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 フランスは2017年7月、40年までにエンジン車の販売禁止を打ち出し、同じ方針を掲げていた英国もジョンソン首相が昨年11月、30年までの販売禁止へと時期を前倒しした。自動車大国ドイツでも16年10月、30年までにエンジン車を禁止する方針が連邦議会で採択されている。

 米国では、トランプ前大統領が温暖化対策の国際ルール「パリ協定」から離脱したが、バイデン政権下で今年2月、パリ協定に復帰した。これに先んじて、カリフォルニア州では35年までにエンジン車の販売を禁止する方針だ。中国でも、35年までに電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)を含む新エネルギー車の販売比率を50%にまで高める方針を打ち出した。

 一方、日本は菅義偉首相が今年1月の施政方針演説で、「35年までに新車販売で電動車100%を実現する」と表明した。それまでの「30年までにエンジン車(ハイブリッド車〈HV〉除く)の販売比率を30〜50%まで引き下げる」という目標値は諸外国に比べて後れを取っており、ようやく足並みをそろえたに過ぎない。ただ、諸外国に目標が並んだとしても、目標実現に伴う影響は諸外国以上に大きくなる可能性が高い。

VW、GMもEVへ

 欧州がエンジン車廃止という大胆な方針を打ち出したのは、気候変動問題で常に世界をリードしてきたという背景があるだろう。

 欧州連合(EU)は19年末、50年にカーボンニュートラル達成を目指す「欧州グリーンディール」を打ち出した。欧州では自動車など道路輸送部門が二酸化炭素(CO2)排出の22%(経済協力開発機構加盟の欧州諸国合計)を占める主要排出源だ。エンジン車廃止は、脱炭素社会の実現という大原則から逸脱しない産業政策を進めつつ、EU域内に厳しい環境基準を設けて、達成できない域外の自動車を排除する「非関税障壁」の効果も視野に入れていると思われる。

 ガソリン車廃止には、欧州車のライバルの日本車との競争で優位に立とうとする狙いもありそうだ。独フォルクスワーゲン(VW)をはじめ欧州の主要自動車メーカーがHVの技術開発で日本勢に後れを取る中、欧州各国が将来、HVも含むエンジン車を排除し、EVへシフトすることを鮮明にしたとみられる。

 VWは今年3月、電池工場の新設などを柱とした電動化戦略を発表したほか、4月には30年までに欧州の販売比率の70%をEVとするなどした新たな目標も示した。欧州では再生可能エネルギーの比率が高く、またフランスは運転時にCO2を排出しない原発の電源構成比率が高く、EVへの移行がCO2削減につながりやすいという事情も影響しているだろう。

 世界では米テスラの独り勝ちだったEV市場だが、欧州各国がEVの購入補助金を設け、各メーカーが独自に割引を設定するといった努力の結果、EVが急速に普及しつつある。ドイツではEV購入時に一律5000ユーロ(約66万円)、自動車税が最初の10年は無料でその後、50%の割引となる制度を設けており、今年4月にはドイツやフランスなどでVWのEV販売台数がテスラの倍に達した。

 欧州各国が政策面でEV化へとかじを切り、自動車の産業構造と雇用環境に激変をもたらすことは避けられない。しかし、電池産業については中国企業を誘致するなど、痛みを伴いつつも現実的な落としどころを見極める段階へと移行したと理解すべきだろう。また、米国ではテスラが躍進するほか、ゼネラル・モーターズ(GM)も35年までにエンジン車の新車販売を廃止し、EVなどに切り替えると表明している。

トヨタなど投資に遅れ

 一方、日本自動車工業会によれば、日本の自動車産業には関連産業も含めて542万人が従事しており、急速な電動化による産業や雇用へのインパクトは計り知れない。エンジン車はエンジンだけで約1万点、全体で約3万点に上る部品が使われており、自動車メーカーの傘下に数多くの部品メーカーを抱える「垂直統合型モデル」の中で、各メーカーが高度に関与する「すり合わせ」が日本のモノづくりの強みだった。

 そうした強みの結晶がHV技術であり、その重みを誰よりも強く感じているのがトヨタ自動車の豊田章男社長だろう。豊田社長は今年5月、静岡県の富士スピードウェイで行われた24時間耐久レースに参戦し、ガソリンの代わりに水素を燃料とする水素エンジン車のハンドルを握った。記者会見で豊田社長は、「エンジン車がすべてEVに変わったら100万人の雇用が失われる」と述べ、内燃機関の重要性を訴えた。

 対して、EVでは部品点数が約1万〜2万点へと激減し、バッテリー、モーターなど汎用(はんよう)部品を中心に、組み立てが容易な「水平分業型モデル」に移行する流れは避けられない。これは、米アップルやソニーといったテクノロジー企業にとっては新規参入のチャンスにもなる。クルマが安全に「走る」「曲がる」「止まる」ための設計や制御に自動車メーカーの強みは残るとはいえ、エンジンに比べれば特徴は出しにくくなる。

 欧米の自動車メーカーでは今、デジタル空間でクルマを作り、その中で自動運転をシミュレーションする開発の流れが進行している。日本メーカーにもデジタル化の流れはあるものの投資が遅れている印象が拭えない。図は日本の大手3社とVW、GM、テスラの売上高に対する研究開発費の比率だ。日産自動車が高いのは販売不振によって売上高が落ち込んだことが影響しており、そうした点も割り引けば、トヨタ(4・0%)の低さが目立っている。

 ホンダは今年4月、就任したばかりの三部敏宏社長が、40年に内燃機関を廃止すると表明した。背景には、自動車レース最高峰のFIに参戦し続けてきたこともあるだろう。F1は単なるモータースポーツにとどまらず、欧州政治を反映した「戦場」だ。それを肌感覚で知る同社が、欧州を起点とする自動車の脱炭素化の動きを察知したと思われる。それでも電動化シフトは緒に就いたばかりだ。

(川端由美・ジャーナリスト)

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