【週刊エコノミスト創刊100年キャンペーン実施中】いまなら週刊エコノミストオンラインをお申し込みから3カ月間無料でお読みいただけます!

週刊エコノミスト Online

東京23区から「転出増最多」 なぜ藤沢が人気なのか〈サンデー毎日〉

東京五輪のセーリング会場となっている江の島
東京五輪のセーリング会場となっている江の島

お屋敷1軒の跡地に20軒が建つ「物件増」

渋谷のマンション価格で〝海近〟一軒家

よそ者も生かす「人がハンパない」

 長引くコロナ禍で、東京から郊外に移住する人が増加している。テレワークの普及や家賃負担の軽減などが理由と見られる。そして、移住先として人気を集めているのが神奈川県藤沢市だという。そこで、東京から藤沢に移住して15年の筆者に原稿の依頼が来た。 まず、『東京新聞』(4月19日付)は「2020年に東京23区から転出した人は36万5507人。19年より2万1088人増。23区からの転出増最多は藤沢市で2975人。19年比で713人(31・5%)増えた」と報じた。要は、23区から藤沢市に移住した人が増えたということだ。

 藤沢市は神奈川県の中央部に位置し、南は相模湾に面する。年間1900万人が訪れる観光地・江の島があり、市内三つの海水浴場は例年、夏となれば多くの海水浴客でにぎわう。一方、北部にはのどかな田園風景も広がり、養豚業も盛んで飼育頭数は県内トップクラスだ。その北部には1990年に慶應義塾大湘南藤沢キャンパスが開設され、いすゞ自動車の藤沢工場では約6000人が働く。

 人口は約44万人で県内の政令市以外では最も多い。全国的に人口減が進むが、市が2018年に発表した将来人口推計では、30年まで人口が増え続ける。行政は子育て支援に重点を置いており、ファミリー層の転入も続く。待機児童数は高止まりが続いたが、今年4月に1995年の調査開始から初めてゼロを実現した。主婦向け雑誌が14年に発表した「主婦が幸せに暮らせる街ランキング」で全国1位になったこともある。

 いわゆる湘南地方の中心部に位置するとはいえ、藤沢市は12㌔と南北に長い。だが、人口の増え具合を地区別に調べてみると、やはり海沿いの地区の人気が高いことがわかる(左の表)。市は毎月、市内13地区ごとの人口動態を発表している。これを基にコロナ禍が本格化する前の19年度と、4月に最初の緊急事態宣言が出た20年度で比較すると、19年度より20年度に県外からの移住者が最も増えたのは鵠沼(くげぬま)で370人増(124%)。次は片瀬の76人増(118%)で、ともに海沿いの地区だった。

 実際、鵠沼に今年4月、東京都渋谷区から移住してきた男性Aさん(広告代理店勤務・41歳)に聞いてみると、「海まで歩いて行ける所が良かった」。やはり、海に近い点が人気のようだ。

 その鵠沼とは、どんな所なのだろうか。

 まず市内13地区のうち海に面する3地区の一つであり、その中央に位置する。南端は江の島や富士山が望める鵠沼海岸だ。西隣の辻堂地区で気象庁の観測所の過去最高気温は36・9度。約50㌔離れた東京都心・千代田区の観測所では39・5度だ。歴代の最高気温の比較ではあるが、都心より3度ほど涼しい。冬も比較的暖かく、都内から引っ越してきて、筆者自身、過ごしやすいとは感じる。

 鵠沼は明治中期、日本で初めての大型計画別荘地として開発され、大正時代になると高級住宅地として発展した。総面積は25万坪とも言われ、1000坪級の〝お屋敷〟が数多く存在した。関東大震災や戦争で都会から避難してきた人も多い。藤沢商工会議所の竹村裕幸専務理事は「この時期、東京からの富裕層が新たな文化などを持ち込んだと聞いている」という。

 特に鵠沼の松が岡、藤が谷、桜が岡の3地域は、今なお市民もあこがれる高級住宅地だ。高度経済成長期には豊かな住環境を求めて移住してくる人が増加した。現在はその2、3世が多くを占めている。

 コロナ禍+テレワークが追い風

 では、藤沢市でも鵠沼がなぜ人気なのか。まずは物件の多さが理由の一つとなっている。実際、お屋敷が1軒売りに出れば、建物が取り壊された敷地に20軒以上の家が建つこともある。お屋敷の主も先述のように多くは2、3世だ。相続や老朽化などで手放す人も少なくないのだろう。

「供給」が増えたことで戸建ての販売価格が下がっているのか。むしろ逆だ。まず、鵠沼松が岡の現在の坪単価は110万円程度で、10年前からほぼ変わっていない。しかし建て売り住宅の販売価格で比較すると、ここ数年明らかに「高級化」傾向が感じられる。

 地元住民の感覚としては、同地域の建て売りは5000万円前後が多く、6000万円クラスになると、なかなか売れなかった。しかし、現在は6000万円後半を中心に7000万、8000万円クラスの物件も多い。実際、地元で7000万円クラスの物件の販売を計画している業者に聞くと、「うちは建て売りとはいえ、材質の良い物をふんだんに使った注文住宅をイメージして差別化している」ということだった。

「今や高い方が売れている」と言うのは、湘南地方を拠点に展開する明治地所(本店・鎌倉市)湘南店の上席店長だ。さらに、こう付け加えた。「この傾向は一昨年から顕著で、明らかに東京からの移住組が多い影響です」

 例えば、先述のAさんは7000万円で買えるのは、渋谷なら60平方㍍のマンションクラスだ。だが、鵠沼なら海に近い庭付きの2階建て物件に手が届くことになる。しかも、「コロナ禍で全社的にテレワークが進んだので、将来的には東京へどれだけ通勤する必要があるかも分かりませんし」とAさん。

「同じ価格なら、鵠沼の方が断然高級。東京から見たら、めちゃくちゃ割安なんですよ」(上席店長)

 コロナ禍で働き方も変わりつつある中、同じ高いなら都心のマンションより、海に近い一軒家。さらに、鵠沼なら高級感のある物件もそれなりに数はある。これが人気や移住増の一因になっているようだ。

 そんな鵠沼で、東京からの移住者の顔といえば「ウルトラセブン」のモロボシ・ダン役で知られる俳優の森次晃嗣(こうじ)さん(78)だ。

 1987年から鵠沼で「ジョリーシャポー」というカフェを経営している。ハヤシライスが名物メニューで、今も厨房(ちゅうぼう)に立つ。この辺りで20代からサーフィンなどを楽しんでいたそうで、地域とのつながりは長い。

 今では生活者としてスーパーに通い、短パンにビーチサンダル姿で海辺の散歩も楽しむ森次さん。

「東京は戦場、葛藤、刺激の場。でも、ここにあるのは穏やかさ。最初はもっと鵠沼でも自分はトガっていたと思う。しかし、長く住んでいると、こっちの空気感に合ってくる。東京に比べ、素の部分を気張らずに出せる気がする。何か、ここに流れるものが、人を変えるんじゃないかな」

 と、30年以上になる鵠沼暮らしを振り返った。

 映画館がないなら「映画祭やる」

 見えなくても海の近さは朝晩の風の変化で感じられる。元は別荘地とあって緑は豊かだ。西に見える富士山は、丹沢と箱根の山塊の間に悠然と裾野を広げ、美しい。確かに、住んでいると北にある厚木基地(大和市、綾瀬市)を離着陸する飛行機の音がうるさいこともある。旧国名で言えば東京は武蔵だが、鵠沼や藤沢は相模。湘南は「相模の南だから」という説もある。筆者自身、やはり東京とは違った時間が流れているというような気はする。

 ここまで鵠沼を中心に恵まれた住環境を見てきた。しかし、藤沢の真の実力はもう一つある。2015年から藤沢市の商店街活性化アドバイザーを務めたマーケティングコンサルタントの西川りゅうじん氏は「藤沢の魅力は、何より人ですよ!」と力説する。

 JR、小田急、江ノ電の3路線が乗り入れる藤沢駅は、湘南の玄関口として駅前が栄えてきた。しかし、1990年代後半には百貨店の撤退が相次ぎ、商店街は次第に空洞化した。

 そんな中、西川氏は藤沢市、藤沢商工会議所、藤沢商店会連合会と、「商店街元気サミット」を開催し、地域経済界・行政の幹部と、若者や女性リーダーとの本音の意見交換の場を設けた。そこで感じたのは「発想力と実行力を兼ね備えた『ハンパない』老若男女がいること」。重鎮たちが街場で進んで若者の声に耳を傾ける姿に感動した。

 その中心の増田隆之・藤沢商工議所会頭が語る。

「若い世代には、彼らの発案でどんどんやってもらう。失敗しても、そこから学べばいい。年寄りのやることは責任を取ること。『若造』とか『縄張り意識』とかそんなの全然ない。想いが人をつなぐのだから」

 西川氏らの活動は3年間行われ、次世代の若手や女性リーダーの活動が広く紹介された。彼らは「ちょい呑(の)みフェスティバル」や「商店街の応援ソング」など新しい取り組みを次々に成功させてきた。今や30代後半?40代がまちづくりの中心として、コロナ禍にも負けず活躍している。

 特に印象に残るのは「藤沢国際映画祭」だ。市内にはJR辻堂駅前にシネコンはあるが、藤沢駅周辺の映画館は2010年までに閉館していた。すると、現・実行委員長の竹中翔子さんが「映画館が何でないの。映画祭をやってカンヌに並ぶ街にしよう!」と言いだし、15年に実現してしまった。

「そんな簡単にできることではありません。でも、商工会議所や商店会、市民の応援もあって実現にこぎ着けた。出る杭(くい)を伸ばす『藤沢流やってみな精神』ですよ。増田会頭をはじめ街に、やる人を応援する気質がある。だから誰もが『この街なら成功できる!』と思えるんです」(西川氏)

 そんな風通しのよさもあり、市民が行政を動かすこともたびたびある。好例を二つ紹介しよう。

 一つ目は、今なお500坪級のお屋敷が残る鵠沼松が岡の「ニコニコ自治会」だ。地域の住民は世代交代とともに、かつての町並みや景観が失われつつあることに不安を抱いていた。

 そこで自治会が住民らの意見を基に、地域独自のまちづくりルールを定めた「ニコニコ住民協定」を作り、06年から本格的にスタートさせた。新たに住宅を建てる時は土地面積を50坪以上とし、黒松の植栽を推奨するなどの項目を定めた。市には地域で開発計画が持ち上がった時にはすぐに連絡するよう要請した。不動産業者とも対話を重ねた。「俺たちも引かないからね。そのうち『ああ、またニコニコさんね』って業者にも認知されるようになった」(自治会長)

 結果、地域は市の景観条例で定める「景観形成地区」に住宅地で初めて指定された。自治会発のルールが事実上、法的効力まで持つようになったのだ。今後も市との連携を強めながら運営を進める予定だ。

 二つ目は片瀬西浜・鵠沼海水浴場の「ブルーフラッグ」取得だ。ブルーフラッグはビーチやマリーナの国際環境認証で、国際的な環境NGO・国際環境教育基金(FEE)が水質や利用者への環境教育、ゴミ箱の設置といった環境マネジメントなど33項目を総合評価し、毎年認定している。

 ビーチは民間初の国際環境認証

 両海水浴場は、かつては湘南の海の中心としてにぎわいを見せていた全国屈指のビーチだ。しかし、近年治安の悪化や若者の海水浴離れもあり、レジャー客の伸び悩みが起きていた。そこで再びクリーンで安全なビーチを取り戻そうと、「世界標準」を取り入れようとしたのだ。

 両海水浴場は地元民間団体の「江の島海水浴場協同組合」(森井裕幸理事長)が開設している。同組合は16年に一足先に認証を受けた隣の鎌倉市が開設する由比ガ浜海水浴場の関係者からアドバイスをもらい、市や地元のライフセービング団体、NPO法人・湘南ビジョン研究所とも協力して取得した。民間団体での取得は国内初だ。

 さらに、同様の動きは逗子海岸(逗子市)など湘南全体へ広がりを見せている。森井理事長は「観光客にはどこの海が何市なんて関係ない。これからは行政の枠にとらわれない連携が大事」との考えだ。

 藤沢市は古くは時宗総本山・清浄光寺(遊行寺)の門前町、また旧東海道の宿場町として栄えてきた。長く多くの旅人と接してきた町だ。そんな土地柄もあってか、全国各地でまちづくりに携わる前出の西川氏は藤沢について言う。

「藤沢は歴史を大切にしつつも、『いいものは取り入れる』から、若者もよそ者も夢を描けるんです」

 海や富士山の風光明媚(めいび)さに加え、出身などに拘泥せず、多様な人々が活躍できる〝スタイル〟が続く限り藤沢人気は続きそうだ。

 (ライター・岩田敬子)

いわた・けいこ

 1971年、東京生まれ。埼玉、群馬で育ち、現在は神奈川県藤沢市に在住。サンデー毎日編集部などを経て、現在はフリーライター

サンデー毎日8月1日号・表紙
サンデー毎日8月1日号・表紙

 7月20日発売の「サンデー毎日8月1日号」は、ほかにも「東京五輪に置き去りにされるワクチン弱者」「第2弾! ノーベル賞学者・大村智博士が発見 やっぱりイベルメクチンはコロナに有効だ!」「田中康夫独占インタビュー120分 なぜ僕は横浜市長選に挑むのか!」などの記事を掲載しています。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月13日号

論争で学ぶ 景気・物価・ドル円14 バブルは別の顔でやって来る ■熊野 英生17 鳴らないアラート 「経済の体温計」を壊した罪と罰 ■中空 麻奈18 対論1 米国経済 景気後退入りの可能性高い ■宮嶋 貴之19  景気後退入りの可能性は低い ■高橋 尚太郎20 対論2 日銀 23年後半から24年前半 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事